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「み、みなさぁ~ん! わかなで~す! 今日はよろしくお願いしまぁ~す!」
「頑張れ~!」
「待ってたよ~!」
私のちょっと震えた声に応え、会場からちらほらと応援の言葉が返ってくる。
「前みたいにコケるなよ~!」
誰かの放ったひと言で、会場はどっと笑いの渦に包まれた。
顔が真っ赤に染まる。
大勢の人の前に立つと、どうしても緊張で足が震えてしまう。
そのせいで盛大にコケて、パンツ丸見え状態になったのは、忘れたい黒歴史なのに。
それに、会場を盛り上げるのは、私自身の役割でもあるのに。
お客さんからのツッコミで盛り上がるなんて……。
少しブルーな気持ちを抱えつつも、気を取り直してMCを続ける。
「そ……そんなの忘れました! えっと、今日はですね、新しい曲を作ってみました。あっ、もちろんわかなが作ったのは歌詞だけですけど」
「わかってるって~! わかなちゃんに作曲能力なんて、これっぽっちもないもんね~!」
「う……、そうだけど、そこまできっぱり言われると、ちょっと傷つきます……」
「あははは、ごめんね! ほら、沈んでないで、曲紹介!」
「あっ、そうですね! えっと、最近暑い日が続いてますよね。少しでも涼しい気分になればと思って書いてみました。聴いてください。『くらげシャーベット』!」
「ぶっ! なんだそりゃ!」
お客さんからのツッコミを受けながらMCを終えると、会場に曲が流れ始める。
といっても、演奏は録音されたものだ。
ステージと呼ぶには狭い、会場の端っこに設けられたスペースに私が立ち、お客さんの数も十数人でいっぱい。
そんな会場なのだから、演奏してくれるバンドなんて入れるはずもない。
もっとも、私の専属バンドなんていないのだけど。
録音された演奏だって、おじさんが近所の音楽仲間を集めて演奏をお願いしたものだったりするみたいだし。
それなのに、こうして私なんかの歌を聴きに来てくれる人がいるっていうのは、毎度のことながら感激してしまう。
最後には嬉し涙が溢れてきて歌えなくなることもしばしば。
おっと、いけないいけない。まだ一曲目なのに涙腺が緩んできちゃった。
どうせ私のライブなんて、他の人との共同開催だから、二~三曲程度しか歌わないのだけど。
小規模ライブではあっても、お客さんがいる以上、頑張って歌わないと!
私はマイクを持つ手にぐっと力を込める。
その途端に汗で滑り、落っことしてしまってお客さんに拾ってもらうなんて醜態をさらしてしまったのは、ご愛嬌ってことで見逃してほしいかな。
☆☆☆☆☆
『暑いと汗だらだら 服もべたべたくっついて 気持ち悪いよね~
暑い暑いと思っていたら 余計に暑くなっちゃうな
なにか涼しいことを 考えてみよう!
アイス ソフトクリーム カキ氷~
いろいろあるけど シャーベットが大好き~
全部まるっといただきたい♪
あう だけど太っちゃう!
ジュースも飲み過ぎて おなかたぷたぷだし~
海! 海の中にいる生き物の姿を 想像すればいいのよ!
うつぼ? いそぎんちゃく? う~ん、可愛くない
やっぱり海なら くらげよね~
ゆらゆらふわふわ 漂うくらげ 涼しそうだし綺麗だし なんだか楽チンそう
せっかくだから まぜちゃえ!
くらげシャーベットってどうかしら?
冷んやり気分は最高ね 味は想像つかないけど
でも……なんだか薄味そう
お醤油かけて いただきます♪』
☆☆☆☆☆
ライブは、それなりの盛り上がりの中、無事に終了した。
私の書いた歌詞も、とっても私らしいと、それなりに好評。
若干、バカにされているというか、からかわれているような雰囲気がなきにしもあらずだったけど……。
アーティスト名としては、平仮名で『わかな』と名乗っているのだけど、お客さんの中には、『ばかな』なんて呼ぶ人もいたりするほど……。
ちょっとだけ気にならなくもないけど、それはそれで私のライブの特徴みたいなものだし、まぁ、問題なし!
途中で歌詞を忘れたり間違えたりなんてのも何度かあったけど、そんなの、気にするほどでもないよね!
☆☆☆☆☆
出番を終えた私は今、地上階にあるカフェで休んでいた。
オレンジジュースを飲みながら、ひと息つく。
私はライブハウス『流氷天使』の地下にある会場で、歌わせてもらっている。
この店のマスターがお母さんの古くからの知り合いなので、ご厚意に甘えさせてもらっているのが現状だ。
私はマスターのことを、おじさんと呼んでいる。おじさんも小さい頃から私のことを知っているから、本当の娘のように可愛がってくれている。
今飲んでいるオレンジジュースも、そのおじさんがサービスで出してくれたものだ。
まだ中学生で趣味の域を出ていない私だから、ライブで歌っても、お客さんからはお金なんてもらっていない。
実際、普通だったら場所代としてライブハウスにお金を支払う必要すらあるわけだから、当然といえば当然だ。
知名度が上がって、ライブハウス側から招待されるような身分になれば話は別だろうけど。
私もいつかは、そんなふうになれるのかな……。
だけど有名になったら、もっといい場所で歌わせてもらえるような気もする。
それでも、もし綾芽さんのように有名になれたとしても、このライブハウスで歌うのはやめたくないと思っている。
私はこのライブハウスの温かな雰囲気が大好きなのだ。
「綾芽さんが拠点としているライブハウスと比べたら、狭くてボロっちい店だけど」
「悪かったね、狭くてボロっちい店で」
「うわあっ!?」
突然耳もとで男性の声が響き、私は文字どおり飛び上がる。
思わず声に出してしまっていたのを、おじさんに聞き咎められてしまったようだ。
「ごごごご、ごめんなさい! つい本音が!」
「おいおい」
苦笑を浮かべるおじさん。
あちゃ~。またやっちゃった。
私ってどうも、そそっかしい面があるみたいなのよね……。
「でも、よかったのかい?」
「え?」
「オリハルコンの話は聞いてるよ。綾芽さん、捕まったんだって? 隣町とはいえ、いつこっちにも強制捜査の手が伸びるかわからないんだから、しばらくライブは控えておいたほうがいいかと思ったんだけど」
心配そうな顔を向けてくるおじさん。
「う~ん、でも、他の人も参加してるし、お客さんも来てくれてるし、わかなだけ休むわけにはいかないですよね?」
「そりゃあ、俺としてはありがたいんだけどさ。和歌菜ちゃん目当てのお客さんも、それなりにいるわけだし」
「いつもバカにされてる感じですけど」
「それが和歌菜ちゃんのライブのいいところなんじゃないかな?」
いつでも温かな言葉を送ってくれる。
「そ……そうかな……」
「うんうん。お客さんとの距離感がすごく近い……というか完全にゼロなライブなんて、なかなかないよ!」
「もしかしたらマイナスかも……」
「はははは、それは言えてるかもしれないね!」
「う……、ちょっとは否定してほしかった……」
おじさんの笑顔によって、ライブで疲れた私の心は癒されていく。
こうやって話しかけてくれる気遣いが、本当に心地よくて、とても嬉しい。
「とにかく、わかなは歌いたいんです。だからおじさん、これからもよろしくお願いします」
「ああ、もちろんだよ。それじゃあ、俺はそろそろ仕事に戻るね」
「はい。頑張ってください!」
優しさ溢れる微笑みを残して、おじさんはカウンターのほうへと去っていった。




