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ヤミウタ  作者: 沙φ亜竜
第1楽章 歌=犯罪
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-3-

 二十年くらい前に起きた、ソングフォーオール事件。

 それが発端となって刑法が改正され、歌唱罪が犯罪として規定された。


 ソングフォーオールというのは、当時存在した宗教団体の名前だ。

 テレビやラジオに毎日のように出演していた人気歌手がその団体の一員で、団体の理念を歌詞に込め、全国放送の番組で何度も歌った。

 直接歌詞に織り込むわけではなく、暗示的に組み込む形だったと言われている。


 そうやって流された歌を聴いた人の深層心理に、団体の理念が知らず知らずのうちに刻み込まれていった。

 いわゆるマインドコントロールというやつだ。


 大ヒットしていたその歌は、テレビやラジオから毎日何度も繰り返し流された。

 この時点では、歌を聴いた人におかしな兆候はまったく見られなかった。

 こうして誰にも気づかれることなく、マインドコントロールの範囲は拡大していった。


 そこまでが準備段階。

 歌詞の暗示内容には、日付も紛れ込ませてあった。それが決行日となっていた。

 そして運命の日。


 歌をよく聴いていた人たちを筆頭に、多くの住民が突如として暴徒化した。

 各地の大物政治家たちの自宅を襲撃し始めたのだ。


 手にはハンマーやら竹竿やら金属バットやら、思い思いの武器を持ち、集団で襲撃をする住民たちに成すすべのない政治家たち。

 もちろん、機動隊が出動して鎮圧にあたった。

 しかし、全国各地で同時に発生した襲撃で、また暴徒化している住民の数の多さも手伝い、治まる気配を見せなかった。


 結局、すべて沈静化するまでには、一週間以上の時間を要したという。


 事件ののち、ソングフォーオールは解散、幹部と団体の一員だった歌手は逮捕された。

 マインドコントロールに使われたのがヒットソングだったことは、当時大きな話題となった。

 世の中の流れ的に、歌に対する注目度が下がり始めていた頃だったせいもあり、そのヒットソングを業界全体で盛り上げようという意図が働いたことも、ソングフォーオール事件の追い風になってしまった。


 歌に対する注目度が低くなっていたのは、当時新たに開発された『メロディオン』という技術が原因だった。

 メロディーラインにイメージを乗せる技術で、目をつぶって曲を聴くと、音楽の流れに合わせて頭の中に鮮明な映像が浮かび上がる。

 その技術を使った機械によって、メロディオン音波が発生されようになっているため、一種の楽器として使用されている。


 開発されたばかりの頃は、曲の進行に合わせて手動制御する必要があって、メロディオン技術者が操作していたのだけど。

 その後の改良で、コンピューターによる自動制御技術が確立され、曲に合わせて操作する必要はなくなった。

 今ではさらに進化して、シンセサイザーと完全に一体化、メロディオン機器だけで映像イメージを乗せた曲を演奏することも可能になっていたりする。


 メロディオンは急速に浸透していった。

 ソングフォーオール事件の影響もあり、音楽業界は歌を手放し、メロディオン主体の活動へと移行していくことになった。


 そういった時代背景の中、二度とあんなひどい事件が起こらないよう、歌自体を危険なものとして排除する目的で、歌唱罪は提案された。

 そして少数の反対派はいたものの、押し切るような形で刑法改正案は可決されたのだ。


 今はもう、メロディオンを使った音楽が当たり前となり、歌詞として言葉にしなくてもイメージを正確に聴き手に伝えられるようになっている。

 当初は、歌詞のある歌と同様、メロディオンにも不穏な意図を紛れ込ませ、マインドコントロールすることは可能なのではないか、といった議論がなされたこともあったようだ。

 でも、メロディオン技術で曲に乗せるイメージには厳しい検閲がかかるため、その可能性は限りなくゼロに等しいのだとか。


 安全で安心な音楽とイメージを用いて、すべての人に平等な安らぎを与えることができる。

 メロディオンのコンサートは各地で開かれ、連日大盛況だ。

 小規模なライブハウスでも、そういったコンサートは開催されている。


 歌が犯罪とみなされるだけだから、ボーカルのいないバンドなんかは存在する。

 ただ、メロディオンと比較すると味気なさを感じてしまうせいか、さほど広まってはいないようだ。

 また、もともとボーカルのないクラシックコンサートなどでも、メロディオンによるイメージを添えるのが一般的となっている。




 ところで、ソングフォーオール事件には、まだ続きがあった。


 十年ほど前、壊滅したと思われていたソングフォーオールの残党が、私たちの住む県の山奥にある施設に立てこもり、人質篭城事件を起こしたのだ。

 このときには、歌によるマインドコントロールなどもすでにできない状態だったため、単なる篭城事件にしかならなかった。


 立てこもったのが山に埋まるような形で造られた堅牢な施設だったことから、事件は長期化すると考えられていたのだけど。

 残党の数が少なかったことや機動隊が上手く立ち回ったことなども功を奏し、意外なほどの短時間で事件は解決したらしい。


 なお、噂によれば残党全員の逮捕にまでは至らず、数名がまんまと逃げおおせたと言われている。

 真偽のほどは定かではないけど……。

 それ以降、ソングフォーオール関連の事件は起きていない。


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