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ナガネギーホールでの事件から一週間ほど経ったある日、私は太陽の光を全身に浴びていた。
闇フェスが予定どおり開催されることになったからだ。
……すでに、闇とつける必要はなくなっているはずだけど、会場にはしっかりと『闇フェス』と書かれている。
開催場所は、野外のコンサート会場。
全国からナガネギーホールに集まる予定だった闇アーティストの人たちも、この会場に集まってきている。
……こちらも闇アーティストと闇をつける必要はないはずだけど、定着してしまっている呼び名はなかなか変えられないものらしい。
ようやく実現する、お日様の照りつける清々しい青空のもとで、心地よい風を全身に受けながら歌うという、夢のような時間。
全国からたくさんの闇アーティストが集結するということで、ひと組ごとの持ち時間はどうしても短くなる。
私は素人のようなものだからとくに短いけど、それでも一曲だけは歌わせてもらえることになった。
そんなわけで、くりおねくんやおじさん、風香ちゃん、お姉ちゃんが見守る中、私は最高の笑顔で闇フェスのステージへと臨んだ。
☆☆☆☆☆
『お日様いつもありがとう 私たちを明るく照らしてくれて
ヒマワリさんも感謝してる てんとう虫さんなんて飛びつこうとしてる
せっかくだから私も飛びつこう だけどそしたら溶けちゃうか
どうやって感謝を示そうか プレゼントをあげるのがいいのかな
まん丸お日様にお似合いなのは ツバのついた帽子かな?
いやいやそんなの意味がない それに熱さで燃えちゃうし
あんなに燃え続けてたら お日様自身も暑いんじゃない?
だったら氷をプレゼント でも すっごく大きくないと足りないな
ここはスケールでっかく考えて 冥王星をあげちゃおう!
惑星じゃなくなったから なくなっちゃっても問題ないよね?
とはいえそんな権限 私にはない
仮にあっても 冥王星なんて動かせない
ごめんねお日様 プレゼントできなくて 怒って爆発しないでね?』
☆☆☆☆☆
私は渾身の一曲、『お日様プレゼント』を歌い終え、満足感を全身から溢れさせながら、弾むような勢いで、というか実際にルンルンと弾みながらステージをあとにした。
そしてすぐさま客席のほうへと向かう。
私が歌う姿を見てくれていた、くりおねくん、風香ちゃん、お姉ちゃんの三人がいる場所へと急いだのだ。
この野外コンサート会場には、椅子は用意されていない。
お客さんはみんな、立ってライブを鑑賞している。
闇フェスにはたくさんの闇アーティストの人たちが参加する。
当然ながら、それぞれのファンの人たちも、お客さんとして来場することになる。
というわけで、ステージのすぐ近くにはそういった熱烈なファンの人たちが陣取っていた。
いくら関係者の知人や家族とはいえ、くりおねくんたちに特別な席なんて用意されていなかったのだ。
それでも、会場の一番後ろのほうに控えめに立ち、ステージに目を向けている姿を、私は歌いながらも確認していた。
まっすぐに三人のもとへ駆け寄ると、私は尋ねる。
「ねえねえ、どうだった? どうだった?」
よかったでしょ~? という意味合いを含んだ、笑顔を添えた問いかけ。
だけど私の予想とは裏腹に、返ってきた答えは随分と微妙な感じだった。
「ライブハウスで聴いてたときは、すごくいいと思ったんだけど……」
「う~ん、なんだかちょっと……」
くりおねくん、お姉ちゃんの順に、そんな曖昧な言い回しをし、最後に風香ちゃんが、ズバッと言い放つ。
「ひと言で表すなら、ヘタクソ?」
「ガガガガーーーーーン!」
私の口から思わずショックの擬音が飛び出してしまったのも、至極当たり前の結果と言えるだろう。
へなへなとその場にへたり込む私の目の前で、三人の評価……というか酷評は続く。
「室内のステージだと反響するから、まともに聴こえてたのかもね。ナガネギーホールのテラスステージで歌ったときは綾芽さんと一緒だったから、それほどひどく聴こえなかったのかな?」
「うう、ひどいよ、くりおねくんまで……」
考えてみれば確かに、テラスステージで歌ったあのとき、私自身はハモっているつもりなんてなかったのに、綾芽さんからはハモってくれてありがとうなんて言われたっけ……。
「綾芽さんが上手すぎるから、それにつられてどうにかハモリパートに収まっていた、って感じだったのかしらね?」
「お姉ちゃんも、ひどい……」
風香ちゃんに至っては、もっと直球の言葉を使って表現する。
「絶対音感を持った音痴な歌姫、ってキャッチコピーで売り出せばいいんじゃない?」
「よ……よくないぃ~~~~~!」
完全に、『音痴』って言われてるし~~~~!
「僕は好きだけどね、ちょっと音程がずれてる和歌菜の歌」
「はうぅ! くりおねくんまで音程がずれてるなんて、ひどぉ~い!」
ぷんすかと全身で怒りをあらわにする私だったけど、はたと気づく。
あれ? 今くりおねくん、和歌菜って……。
「和歌菜、どうしたの?」
また! 呼び捨てで!
そうだ、そういえばこのあいだ、くりおねくんははっきりと言っていた。
私が大切な家族になるって。
あれってつまり……。
「わかなと恋人になるってこと……だよね?」
「え?」
恥ずかしくて、ぼそっと小声でつぶやいただけだったから、どうやらよく聞こえなかったらしい。
でもくりおねくんは、私を守ると言ってくれていた。
その言葉どおり、転んで土砂崩れに巻き込まれそうになった私を、必死になって助けてくれた。
私とくりおねくんの心は、つながってるんだ!
「……ううん、なんでもないよ、くりおね」
熱い想いを込めて、私のほうも呼び捨てで呼ぶ。
うるんとした瞳で、くりおねくんを見つめる。
くりおねくんも優しく見つめ返してくれる。
見つめ合う、ふたり。
されどそれは、長くは続かなかった。
「は~い、そこまで!」
お姉ちゃんがなんだか怖い顔で割り込んできたからだ。
私とくりおねくんの顔を、両手で引き離すようにしながら。
ちょっとお姉ちゃん、わかなの恋路の邪魔をしないでよ、などと文句の言葉を返すよりも早く、お姉ちゃんの口からこんな言葉が飛び出した。
「和歌菜、あんた、義理のお兄さんを呼び捨てになんてしちゃダメでしょ?」
「……え?」
イマ、ナントオッシャイマシタカ?
「うふふっ。私とくりおね、結婚するの」
一瞬言葉の意味が理解できかなったものの、次の瞬間には、
「ええええええ~~~~っ!?」
私の大声が闇フェスの会場いっぱいにこだましていた。
☆☆☆☆☆
「それにしても、見事に引っかかったわね。くりおねに、和歌菜のことも呼び捨てにしてあげて、って言ってあっただけなのに」
お姉ちゃんはそんなことを言いながらケタケタ笑っていた。
先日の件に関して、かなり前から、おじさんとお父さんは作戦会議という名目で会っていたらしい。
その場には、くりおねくんとお姉ちゃんもいた。協力者としての意見を求められていたのだ。
私はまだ幼いから、危険な目に遭わせないため、呼ばれなかった。
本来ならば、巻き込むつもりもなかったのだという。結局は仕方なく、私も巻き込む形になってしまったのだけど。
ともかく、そういった作戦会議の場などでも頻繁に会い、もともと私と同様幼馴染みで、高校まで一緒のふたり。
自然と惹かれ合っていったのだとか。
「和歌菜は知らないだろうけど、高校では公認の仲なのよ? くりおねって結構人気のある先輩だから、嫉妬されて大変だったりするんだけどね」
そんなことを言われたって、私の気は収まらない。
ともあれ、だからといってどうなるものでもなさそうだ。
まだ未成年ではあるけど、くりおねくんは十八歳でお姉ちゃんは十七歳。親の承認があれば結婚できる年齢だ。
一方の私はまだ十四歳。二年待ってもらわないと、結婚できない。
それに、悔しいけどふたりの気持ちが通じ合っているのは、見るからに明らかだった。
私の目の前で寄り添い合って、お姉ちゃんなんてくりおねくんの肩に頭を寄りかからせて。
嫌味ったらしく見せつけてるの?
なんて穿った見方をしてしまいそうになるけど。
お姉ちゃんとしては、祝福してほしいのだ。
私の気持ちに気づいていないわけではないだろうに。
残酷なようだけど、それでも、ちゃんと認めてほしいからこそ、こうして正直に話してくれているのだろう。
最初に一度、私を騙して楽しんでいたのが、ちょっとシャクにさわるけど。
「お姉ちゃん、くりおねくん、おめでとう! お似合いだよ!」
私は最上級の笑顔で祝福の言葉を贈った。
ふたりの結婚。私は素直に諦めるつもりだ。
もっとも、そう簡単に気持ちは整理できないだろう。
これからしばらくのあいだは、それはそれはたくさんの失恋ソングが生み出されるに違いない。
「ま、和歌菜の書く変な歌詞じゃ、普通の人は失恋ソングだとは思わないかもしれないけどな」
そんな風香ちゃんからのツッコミを受け、私は頬を膨らませるのだった。
以上で終了です。お疲れ様でした。
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