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死にもの狂いでもがいてあがいた結果。
私たちはどうにか土砂崩れから逃げきることに成功した。
木々の途絶えた安全そうな広い場所まで駆け抜け、振り返る。
そこには凄惨な光景が広がっていた。
山の上のほうは、山肌が大きくえぐり取られたような状態で、土の崖が広範囲にわたってその姿をさらしている。
さっきまで私たちのいたホールのあった辺りも、すっかり土砂や倒木に埋まってしまっている。
雨は上がり、真っ黒い雲の切れ目から、明るい光がいく筋も差し込み、崩れた山の様子を照らし出していた。
「ひとつの時代の終わりだ」
お父さんがつぶやく。
私たちは、全員無事だった。
全身泥まみれの私に肩を貸してくれているくりおねくんも、
綾芽さんやオリハルコンのメンバーも、
お父さんもおじさんもお姉ちゃんも、
機動隊の隊長さんを含めた警察の方々も、
みんな泥で汚れた姿ながら自らの足で立ち、目の前に広がる土砂崩れの光景を眺めている。
「ソングフォーオール事件の終焉……?」
「いや、隠れた場所で闇ライブをしなければならない時代の終焉だ」
私の問いかけに、お父さんははっきりとした声で答えてくれた。
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今回の件は、最初から警察側が仕組んだ作戦だった。
メロディオン技術に関しては、当初から黒い噂があった。それを水面下で調査していたのが、私のお父さんを含めた一部の政治家たちだった。
作戦は、綾芽さんの闇ライブでの逮捕劇から、すでにスタートしていた。
逃亡した犯罪者を追いかける。そういった名目で、機動隊を派遣する目的だった。
綾芽さんが逃亡したという噂を流したのも、警察側の作戦のうちだったのだ。
舞台としてナガネギーホールを選んだのは、ソングフォーオールの残党立てこもり事件で捕らえきれなかった仲間をあぶり出すため。
警察内部にソングフォーオールのスパイがいるのではないか、という噂がささやかれていたこともあり、秘密裏に調査した結果、機動隊の内部にいるようだというところまでは突き止めた。
完全包囲していたはずなのに、残党の一部を取り逃がしてしまったという状況からも、それはおそらく間違いないだろうと考えられた。
ただ、なかなか尻尾を出さない。かといって、調査していることを悟られ、逃げられてしまっては元も子もない。
そのため、この場所を使ってあぶり出す、という作戦に出たのだという。
もちろん、綾芽さんや私たちがナガネギーホールに逃げ込んだのも、そこで闇フェスが開かれる予定だというのも、あらかじめ警察に伝わっていた。
その場へ機動隊を送り込み、ソングフォーオール関連事件に終止符を打つために。
そもそも、ソングフォーオール残党の立てこもり事件が発生したこと自体、おかしかったのだ。
なぜわざわざ、そんな事件を起こす必要があったのか。
単純に、歌唱罪の制定に抗議を唱える、というつもりならば、爆弾まで用意して立てこもる行為にはさほど意味がないだろう。
注目してもらう、という目的はあったに違いない。
でもそれでは、悪い意味での注目となってしまい、ソングフォーオール側としては不利にこそなれ、有利になる可能性など皆無に等しい。
それなのに、なぜ……。
どうやらソングフォーオールの内部には、メロディオン推進派の人間が紛れ込んでいたようだ。
その人物、もしくは集団の意図により、立てこもり事件を起こすように仕向けられた。
ソングフォーオールは悪だと印象づけるために。
この頃ちょうど、メロディオンを疑問視する声がネット上で再燃していた。
それを抑えるため、ソングフォーオールという悪役を再認識させる作戦に出たというのが、事の真相だったらしい。
つまり、ソングフォーオールの残党が警察内部に紛れ込んでいた、というわけではなく、逆にメロディオンに関わる警察内部の人間がソングフォーオールの中に紛れ込んでいた、という状況だったのだ。
隊長さんはテラスステージ下の広場から逃げたあと、ツタなどでカモフラージュされている入り口のドアを開けて中に入った。
ソングフォーオールの残党だったのだから、最初から知っていたはずだ。
だけど、自分が入り口の場所を知っているのは不自然だと考え、隊員に捜索させて見つけてから突入するつもりだった。
とすると、機動隊の中には隊長さんの仲間とも言うべき人はいなかった、ということになるのだろう。
今回の件は、隊長さんの独断による行動。そう考えるのが妥当、との結論に達している。
とはいえ、おそらくはまだ、警察内部にメロディオン側と癒着している人が潜んでいるに違いない。
警視総監さんや本部長さんは、内部の洗い出しを徹底する気でいるようだ。
警察だけではない。
法律制定に関わった政治家の中にも、メロディオンとの関係性を疑われている人は多い。
その辺りを、お父さんを含めた現役の政治家たちが調査していくという。
すでに政治から足を洗った人もいるとは思うけど。
事件の全容解明を目指して今後も活動を続けていくつもりだと、お父さんは力強い声で語った。
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数日ぶりに、自分の住む町に戻ってきた。
私はまず、心配をかけたお母さんに謝った。
お姉ちゃんやお父さんから連絡は受けていたらしいだけど、それでも、無事でよかったと泣いて喜んでいた。
風香ちゃんとも会った。
駅前で会った際に「ごめん」と言っていたのは、闇ライブで歌っていたことを私のお母さんやお姉ちゃんに話してしまったからだった。
もっとも、お姉ちゃんは最初から知っていたみたいだし、お母さんにもあとから説明していたようだから、罪悪感を抱く必要なんてなかったのだけど。
ただ、風香ちゃんがそのことを私のお母さんに話したときにはまだ知らなくて、「和歌菜が歌を歌っていたなんて!」と大騒ぎしていたのだとか。
それで風香ちゃんは、心苦しい思いを抱えてしまったのだろう。
そういえば、風香ちゃんに対してもそうだけど、私はお姉ちゃんにも疑いの念を抱いていた。
だけどそれは、まったくの的外れだった。
お姉ちゃんがホールにいる私に会いに来たとき、実は途中まで、お父さんたちと一緒に車で来ていたのだという。
私のことが心配で、つい急いで先行してしまったらしいのだけど。
くりおねくんとも連絡を取っていたようだし、お姉ちゃんはホールの場所もあらかじめ知っていたに違いない。
それからすぐ、歌唱罪は撤廃される方向で動き出した。
といっても、細かな調査はいろいろと残っているみたいだし、また、法律の改定には一定の手続きを踏む必要もあり、議会で可決されて初めて達成されるという話だから、どうやらまだかなり時間がかかりそうだけど。
ともあれ、現状でも歌っていて罰せられるということはなくなっている。
お日様の照りつける清々しい青空のもと、心地よい風を全身に受けながら、思う存分歌うことができるのだ!
歌が大好きな私。
素直に嬉しい気持ちでいっぱいだった。
そして今日も満面の笑みを浮かべながら、私はスキップで真夏の暑い町並みを駆け抜け、ライブハウス『流氷天使』へと向かうのだった。




