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ヤミウタ  作者: 沙φ亜竜
第4楽章 歌姫と最後の闇歌
15/22

-1-

 風香ちゃんの様子は気になったけど、今は闇フェスの準備に集中しなければいけない時期。

 私はくりおねくんと一緒に会場の準備をし、綾芽さんから呼ばれて練習もしたりと、忙しく時間を過ごしていた。


 闇フェスは楽しみではある。

 そうはいっても、歌うのは完全な違法行為だ。

 しかも、山奥に隠されたホールでの開催とはいえ、闇フェスは規模も大きく、大勢の人が集まってくるという。

 以前にも行われたことはあるみたいだけど、はたして大丈夫なのだろうか?


 綾芽さんの闇ライブに強制捜査が入り、流氷天使では私も参加していた規模の小さな闇ライブでさえ、強制捜査の手が伸びてきた。

 いくら闇ライブを支援するライブハウス独自のネットワークで連絡しているといっても、どこからか情報が漏れてしまうということは充分に考えられるのではないだろうか?


 闇フェスを開催している最中に強制捜査が入ったら、今度こそ捕まってしまうのは免れまい。

 綾芽さんやオリハルコンのメンバーに至っては、脱走してきている身でもある。

 どれだけの罰則が科せられてしまうか……。

 不安が雪のように積もっていく。


 昨日風香ちゃんと会ったのも、やっぱりよくなかったかもしれない。

 私としては、風香ちゃんの顔を見ることができて、そして声を聞くことができて、とても嬉しかった。

 風香ちゃんもそう思ってくれただろう。

 ごめん。そう言った風香ちゃんの真意はよくわからないけど……。


 ともかく、山のふもとにあって人口もさほど多くはない町の駅とはいえ、改札前はそれなりに人が行き交っていた。

 無名な素人である私のことを知っている人は、多分いないと思う。


 でも、流氷天使のマスターであるおじさんは、昔は自分でもバンドを組んでいたことがあるようだし、それなりの知名度はあるに違いない。

 そうでなくても、警察から逃げている身なのだから、指名手配写真なんかが町中に貼られているというのも充分にありえる。

 もし目撃者がいたら、この近辺に潜伏していることはバレてしまうだろう。


 風香ちゃんと電話で会う約束を交わしたわけだし、その電波の発信場所を調べることができたら、ホールの場所までも特定されてしまうかもしれない。

 それに、考えたくはないけど風香ちゃんが警察に喋ってしまうという可能性だってある。


 もちろん信じてはいる。

 親友の風香ちゃんが、私を売るようなマネなんかするはずがない。

 それでも、今の私は犯罪者で逃亡中の身なのだ。

 早く自首して楽になって。本来ならば、そう言われてもおかしくない立場だと言える。


 仮に捕まったとしてもそれほど重くない刑で済む程度とはいえ、歌うことが犯罪なのは事実。

 綾芽さんやおじさんを見ていると、とてもそんな後ろ暗い様子なんて感じられないけど。


 ……私自身が、警察に出頭すべきなのかも……。

 そんな考えが浮かぶものの、すぐに振り払う。


 ダメダメ。

 おじさんやくりおねくんもいるんだし、綾芽さんたちに関してはそれこそ売り渡すようなものよ。

 そうやって、私だけ罪を軽くしてもらおうなんて、最低の考え方だわ。


 ともあれ、このまま潜伏し続けるのが本当に正しい選択なのか……。

 葛藤は延々と続きそうだった。


 そんな私を呼ぶ声が響く。


「おーい、和歌菜ちゃん。お客さんだよ」

「えっ?」


 おじさんから、思いもよらなかった言葉を告げられた。

 エントランスの入り口付近で手招きするおじさんの横には、雨に濡れたお姉ちゃんの姿があった。



 ☆☆☆☆☆



「お姉ちゃん! どうしてここに!?」

「くりおねくんに聞いたのよ。それより、大丈夫? 甘ったれなあんただから、泣きべそかいてるんじゃないかって心配してたわよ」

「そ……そんなに子供じゃないもん!」


 姉妹の再会に気を利かせてくれたのか、おじさんはエントランスから奥の部屋へと歩き去っていった。

 だけどお姉ちゃんは、いきなりこんな提案をしてきた。


「外に出て話さない?」

「え……?」


 お姉ちゃんは傘を差してここまで来たはずだけど、全身ずぶ濡れで、閉じた傘からも雫が大量にこぼれ落ちていた。

 外はかなり雨が激しいに違いない。

 そんな中、私に会いに来てくれたのは正直嬉しい。


 でも、どうして外に連れ出そうとするの……?

 不信感が心の中に渦巻く。

 実の姉を疑っている。そんな自分がいるなんてことに戸惑い、躊躇していると、


「いいから来なさい。……他の人には聞かれたくないの」


 後半は声を潜めつつそう言うと、お姉ちゃんは私の手を取ってドアを開けた。


 外は案の定、大雨だった。

 ぬかるみに足を取られて滑りそうだ。

 そんなことなど気にも留めない様子で、お姉ちゃんは私の肩を引き寄せると、あいあい傘状態で歩き始めた。


 目的地はすぐ近くだった。

 ホールの入り口から数十秒ほど歩いた程度の場所まで進むと、そこでお姉ちゃんは立ち止まった。


「ここだけの話だけど、どうやら警察に監視されているみたいよ、あのホール」

「えっ!?」

「声が大きい」


 驚く私の口を手で塞ぎながら、お姉ちゃんは言葉を続ける。

 どうやら山のふもとに警察の機動隊が集まり、山の中を一斉捜索するつもりのようだ。

 町の人にも聞き込み調査が行われ、この山に闇アーティストとその支援者が潜伏していることを突き止めたのだという。


「もう私、和歌菜のことが心配で心配で。くりおねくんと連絡を取って、訪ねてきたのよ」

「そうだったんだ……。ありがとう、お姉ちゃん」


 お姉ちゃんはやっぱり、家族なんだ。温かな気持ちに包まれる私。

 ただ……なにかちょっとした違和感を覚える。


 くりおねくんと連絡を取ったというのは、まぁ、いいだろう。

 お姉ちゃんだって小さい頃から私とともにくりおねくんと会っていた仲だし、同じ高校の先輩後輩でもあるわけだから。

 だけど……それならどうして、私のところには連絡を入れてくれなかったの?


 私は風香ちゃんと電話をしたおととい以降、ずっとケータイの電源を切っている。

 だから、そのあとに連絡しようとしたけどかからなくて、くりおねくんに連絡をした、ということなのかもしれない。

 ケータイは控え室に置きっぱなしだから、確認することはできないけど。

 だとしても、気になる点は他にもある。


「お姉ちゃん……どうやってここまで来たの?」

「えっ?」


 唐突な質問に、一瞬、お姉ちゃんの動きが止まった。


 私たちのいるホールは、蒼風山の中腹にある。

 昨日風香ちゃんと会ったときも、山の途中に隠すように停めてあるおじさんの車に乗せてもらって、ふもとの駅まで向かった。


 お姉ちゃんは見る限り、ひとりで来たみたいだから、電車を使って駅まで来たに違いない。

 とすると、そこからひとりで傘を差して、雨が降りしきる中、山道を延々と登ってきたというのだろうか?


「ふもとの駅まで電車で来たんだよね?」

「そ……そうよ。そこから、歩いてきたせいで、すごく疲れちゃった。雨にも濡れるし、ベタベタして気持ち悪いわ」


 事もなげな様子を装って答えてはくれたけど、わずかな動揺は隠せていなかった。


 お姉ちゃん……なにか隠してる……?

 もしかして、警察に知らせたのって……お姉ちゃん……?

 もしそうだとしても、私にそのことを教えてくれる理由がわからないけど……。


 私が怪訝な表情をしていることに気づいたのだろう、


「と……とにかく伝えたから。でも他の人たちには内緒よ? 一旦、ホールに戻りましょう」


 お姉ちゃんは早口でまくし立てると、再び歩き出した。


 お姉ちゃんの言動は不可解ではある。

 とはいえ、それだけで疑うわけにもいかない。

 私たちがこの山にいると警察に知られた原因としては、風香ちゃんが喋ったということだって考えられるし……。


 昨日の風香ちゃんの、ごめん、という言葉が頭の中をこだまする。

 あれって、喋ってしまってごめん、という意味だったの……?

 今私の手を引いているお姉ちゃんは、本当に心配して来てくれただけ……?


 頭の中が混乱してしまう。

 上手く考えがまとまらない。

 ……というよりも、考えたくない、というのが正しいのかもしれない。

 私には、黙ってお姉ちゃんの背中を追いかけながら、雨の降りしきる中を歩いていくことだけしかできなかった。


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