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ヤミウタ  作者: 沙φ亜竜
第3楽章 闇フェスへ
13/22

-4-

 歌うことで楽しいひとときを過ごせた私だったけど。

 その時間が終わると、またしても気持ちは沈んでしまっていた。

 エントランスの椅子に座り、ため息をこぼす。

 なんだか、心にぽっかりと穴が開いたような感じ。


 くりおねくんもいるし、綾芽さんもいるし、ここでの生活は楽しい。

 闇フェスもとっても待ち遠しい。


 だけど、警察から逃げて隠れている身。

 不安は私の控えめな胸を締めつける。


 お父さんやお母さんにも、大好きなお姉ちゃんにさえ内緒でこの場所に来て、連絡も入れていない。

 いくらお姉ちゃんと比べて出来の悪い子だとしても、家族なんだから心配しているに違いない。

 夏休みだと長く会わなくてもさほど気にならないかもしれないけど、風香ちゃんだって心配しているはずだ。


 私はこのままでいいのだろうか?

 考えたって、どうなるものでもない。それはわかっている。

 それでも、ついつい考え込んでしまうのだ。


 はぁ~……。


 ため息をつくと幸せが逃げてしまうなんて言うけど。

 それなら私からは、いったいどれだけの幸せが逃げていってしまったことだろうか。


「どうしたの?」


 不意に声がかかる。


「くりおねくん……」


 愛しの君の登場に、いつもなら飛び上がらんばかりのテンションへと早変わりするところだけど、今の私の落ち込みようは自分で思っている以上に深く、それくらいで復活できたりはしなかった。


 声をかけてもらえたのは素直に嬉しい。ちょっとだけ気分がよくなったのは事実だ。

 だからきっと、くりおねくんがそっと抱きしめてくれたりなんかしたら、一瞬で普段どおりの元気な私に戻れるだろう。

 そんなこと、ありえるはずもないけど。


 くりおねくんは優しげな視線を向け、私の言葉を待っている。

 私は静かに話し出した。


「お母さんとかお姉ちゃんとか風香ちゃんとか、みんな、心配してるかなって思って……」

「そっか、黙って来ちゃったのを気にしてたんだね」

「はい」

「心配はしてるだろうね」

「そう……でしょうか」

「もちろんだよ。心配しないはずがない。僕だって、もし和歌菜ちゃんが突然いなくなったら、絶対に心配すると思うし。家族や親友なら、なおさらでしょ?」


 嬉しいことを言ってくれるな……。

 でも……。


「誰も、電話もメールもくれないんです。せめてメールくらい、入れてくれてもいいと思うんですけど」


 ケータイに視線を落とし、泣きそうな声で訴えかける。

 そんな私とは対照的に、くりおねくんはやけにあっさりした口調で、こう言った。


「あれ? ここ、電波入らないはずだよ?」

「えっ?」


 言われてケータイをよく見てみると、電波のアンテナ表記は確かに圏外。

 着信のことばっかりに意識が行ってしまって、電波状況まで見ていなかったのだ。


「ほんとだ、圏外! だから電話もメールも届かないんだ!」

「着信音でライブなんかが邪魔されたりしないように、電波は遮断してるんだったかな。防音設備も整ってるから、そのせいっていうのもあるかもしれないけど」


 くりおねくんが解説を続けてくれていたけど、ほとんど耳に入っていなかった。


「そっか~、よかった~。電波が届かないんじゃ、仕方がないですよね! 心配されてないわけじゃなかったんだ! ……確認はできないけど」


 喜びを全身で表現した直後、再びしょんぼりと肩を落とす。

 忙しい子だ、と呆れられそうだけど。


「ちょっと外に出てみたらどうかな? 山奥だから怪しいけど、少しは電波が届いてるかもしれない。といっても隠れている身だし、電波で位置が特定される可能性もあるから、元気だって電話だけして、電源はすぐに切ったほうがいいと思うけどね」

「あっ、そうですね! それじゃあ、ちょっと行ってきます!」


 くりおねくんの提案に、お礼を言うことすら忘れ、私は急ぎ足で入り口のドアを目指した。



 ☆☆☆☆☆



 外に出ると、雨がザーザー音を立てて降っていた。

 結構なドシャ降り。これでは電波の入る場所を探して歩き回るなんてことはできそうにもない。

 もっとも、私がひとりで山の中を歩き回ったりなんかしたら、確実に遭難してしまうだろうし、もとよりそんなつもりはないのだけど。


 幸運にも、ドアを一歩出た段階で、一本だけの表示ではあったけど電波を受信できたようだ。

 素早く確認してみると、電話はなかったものの、メールは何通も届いていた。

 差出人は全部、風香ちゃんだった。


 お姉ちゃんからのメール、来てないんだ……。

 お父さんやお母さんだって、ケータイの番号は知ってるはずなのに……。

 ちょっと寂しく思いながらも、私は風香ちゃんに電話をかけてみる。


「和歌菜! 心配したんだからな!」


 風香ちゃんはコールの一回目で電話に出ると、いきなり怒鳴りつけるような勢いで叫び声を飛ばしてきた。

 それだけ心配してくれていたということだろう。


「ごめんね。わかなは大丈夫だから」

「いったい今、どこにいるんだ?」

「うん、蒼風山(そうふうざん)にいるの」

「はぁ~? なんでそんなとこに!?」

「ん、まぁ、いろいろとね」

「マスターもくりおねさんもいなくなっちゃってるけど、もしかして一緒なのか?」

「え? えっと、うん、一応……」

「へぇ~、そうなんだ。じゃあもしかして、愛しのくりおねさんと、少しは進展しちゃってたりして?」

「あははは、そういうのは全然……」

「な~んだ。やっぱり和歌菜は和歌菜だな」

「なによそれぇ~!」


 他愛のない会話が心地よい。

 でも電話越しとはいえ、久しぶりに親友の声を聞くことができて安心したからか、私は自分の居場所を簡単に話してしまっていた。

 マスターやくりおねくんも一緒だとバラしてしまって……。


 注意が足りなかったと言わざるを得ない。

 それに、あまり長電話をしていては、電波から位置が特定されてしまうと、くりおねくんも言っていたっけ。


「それじゃあ、電話切るね」

「あっ、待った! 一度、会えないかな? 声を聞いただけじゃ、やっぱり心配でさ……」

「風香ちゃん……」


 一瞬ためらう。

 いくら風香ちゃんでも、会ってしまっていいものか。

 それに、風香ちゃんの身に危険が迫る可能性も、ないとは言いきれない。


 ともあれ、私のほうも風香ちゃんに会いたいという思いは一緒だった。


「うん、わかった」


 私は風香ちゃんと翌日に会う約束をして、ケータイの電源を切った。


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