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ホールの設備が正常に使える状態かどうかを確認するため、練習を兼ねてライブ形式のリハーサルも試してみることになった。
オリハルコンのメンバーがステージに上がり、演奏の準備をしている。
このあとは当然ながら、綾芽さんもステージに出て歌うことになる。
私は最前列の一番いい席で綾芽さんのライブを鑑賞できるという幸運を手に入れたのだ。
わくわくしながら、綾芽さんの登場を待つ。
ちなみに、私の隣にはくりおねくんが座っている。
おじさんは準備の裏方として、設備の調整作業をしているのだけど、私やくりおねくんではよくわからない。
おとなしく座っていればいい、そう言われたときには、情けなくて悲しい思いが湧き上がってきたけど。
観客席で歌や演奏がしっかり聴こえるか、それを確認するのも仕事のうちだからと、おじさんは私を慰めてくれた。
音の聴こえ方なんかの確認という名目があるから、最前列でずっとライブを楽しんでいるわけにはいかない。
でも、最初のうちは一ヶ所でゆっくり椅子に腰を落ち着けて聴いていてほしいと言われていた。
椅子の座り心地なんかも、確認事項のひとつだからだ。
もっとも、そういった仕事なのに、くりおねくんと隣り合って座っていていいのか、という思いもあったのだけど。
実際にお客さんで満員になった場合には、隣に人が座っているわけだし、その状態も確認しておかないとダメじゃない?
なんて提案してみたりして。
くりおねくんも、そうだね、と肯定してくれて、今私の隣に座っている。
☆☆☆☆☆
「わ~、綾芽さん、やっぱりすごくいいです! 最高っ!」
拍手喝さい。綾芽さんの歌を聴き終えた私は、立ち上がって大興奮。
「うん、ほんと、よかった。さすがだよね。アップテンポだけど、激しすぎもしない、心地よい音色がホール全体に反響して包み込んでくれるみたいだった」
くりおねくんも感想を述べる。
しっかり分析した意見を添える辺り、ただ単純に楽しんでいただけの私との違いがうかがえる。
歌い終えた綾芽さんは、突然ステージから飛び降りると、私たちのそばに歩み寄ってきた。
「ふふっ。久しぶりに歌えて、あたしも楽しかったわ。メンバーのみんなも、そうよね?」
綾芽さんがステージを振り返って問いかけると、演奏していた四人も笑顔で頷く。
オリハルコンは、ボーカルの綾芽さん以外は喋らない。それを徹底しているバンドだ。
車でこのホールに向かって、今日のこの練習ライブまで、考えてみたら一度もメンバーの声を聞いていない気がする。
綾芽さんのイメージを前面に押し出す方向性だとしても、プライベートの時間には喋ってくれてもいいのに。
「うちのメンバーは恥ずかしがり屋ばかりだから。でも、あまり気にしないで、普通に喋ってあげてね。話しかけられれば、結構喋ってくれたりもするのよ」
「あっ、はい、わかりました!」
私の答えに、綾芽さんは目を細めてくれた。
と、次の瞬間、右手を伸ばして私の腕をつかむ。
「え……?」
「さて、それじゃ、今度は和歌菜ちゃん、歌ってみて!」
「えええええっ!?」
私は驚きの声を上げる。
そりゃあ、闇ライブで歌ってきた身ではあるけど、全然素人の域を出ていない。
本格的で圧倒されるような綾芽さんのライブを見せられたあとで、まさか私が歌うなんてそんな……!
「なにびっくりしてるのよ。闇フェスでは和歌菜ちゃんも歌うんだから、ステージで練習しておかなきゃダメでしょ?」
「そ……それはそうかもしれないですけど……」
綾芽さんたちのあとに歌うなんて、あまりにも畏れ多い。
「あっ、わかなの歌の演奏データ、持ってきてないんじゃ……」
「いや、ちゃんと持ってきてるけどね」
私がどうにか回避しようとしているのに、くりおねくんが余計な言葉を挟んでくる。
……持ってきてもらったのに、ひどい言い草かもしれないけど。
「ふふっ。あってもなくても、どっちでも関係ないわ。演奏はオリハルコンのメンバーにお願いすればいいんだから」
「ええええええええっ!?」
さらなる驚きの声。
いくらなんでも、オリハルコンのメンバーの方々に私なんかの歌の演奏をしてもらうなんて、申し訳なさすぎる。
もちろん、一部の歌の作曲をしたのは綾芽さんだったりするわけだけど……。
「それだけじゃないわ。和歌菜ちゃんがライブで使ってる、演奏を録音したデータ、あるでしょ? あれって実は、全部ではないけど、オリハルコンのメンバーが演奏した曲も結構多いのよ」
「そ……そうだったんですか!?」
全然知らなかった。おじさんが近所の音楽仲間を集めて録音したと聞いていたのに。
「実際、中にはそういう曲もあるみたいだけどね」
「なるほど……だから曲によって、演奏の上手さにムラがあったんですね……」
若干失礼な感想をつぶやく私。
「だから、ほら! 歌ってきなさい! 先月くらいに録音した曲が確かあったわよね? あれがいいんじゃない?」
「はいっ! 行ってきます!」
私は意気揚々と飛び出した。
ステージに飛び乗ろうとしてジャンプするものの、高すぎて上ることができず、そそくさと袖まで回り込んでステージに登場、という格好悪い姿をさらしてしまったことなんて、私は気にしないのだ。
「そ……それでは聴いてください! 『ダンゴ虫とシュシュ』!」
☆☆☆☆☆
『可愛い可愛いダンゴ虫 黒いボディーもカッコいい
くるりと丸まる姿がラブリー シュシュ代わりにして髪を留めよう
ダメだわ ずっと丸まってない それなら可愛く蝶ちょで代用
はばたく羽が人目を惹くけど 舞い散る鱗粉でくしゃみが出ちゃう
だったらどんなのがいいかしら? だけどどんな虫でも動いちゃう
だからといって死骸はダメだし 猫とか犬じゃ大きすぎる
決めた セミの抜け殻よ! これなら完璧 チョベリグね!
半透明な琥珀色 とってもオシャレになりました!
そこで盲点 問題が……
中身がないから潰れちゃう! ぐちゃっ!』
☆☆☆☆☆
歌い終わった私は、満足感で胸がいっぱいだった。
やっぱり歌うのって気持ちいい。
ただなにやら、椅子に座って鑑賞していたふたりが、苦しそうにおなかを抱えていた。
あれ? どうしたの? 大丈夫!?
心配して声をかけようとしたけど、なんだか様子がおかしい。
「ぷっ」
「くくく」
ふたりの口から漏れたのは、そんな声。
「ぷっ、くくく?」
首をかしげる私の前で、ふたりは顔を上げ、大口を開けて笑い始めた。
「あははははは、なんでダンゴ虫! 丸いからってシュシュにしようって、どういう感覚よ!」
「はははは、どうして選択肢が虫ばっかりなんだよ!」
「それに今どき、チョベリグって!」
「歌詞で、ぐちゃっ! 擬音ときたか!」
「和歌菜ちゃんの歌は、相変わらず破壊力抜群ね!」
「そ……そんなにおかしいかな……?」
さすがにちょっと不安になる。
「いいのいいの! 和歌菜ちゃんはこうでなくちゃ!」
「うん、僕もいいと思うよ。和歌菜ちゃんらしさは、ずっと持ち続けてね」
と褒めてはくれたものの、ふたりの笑い声はしばらくのあいだ途切れることなく続いてしまうのだった。




