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ヤミウタ  作者: 沙φ亜竜
第3楽章 闇フェスへ
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-2-

 私は今、くりおねくんと一緒に、闇フェスの準備を手伝っている。


 一応私は、闇フェスに参加するアーティストだから、綾芽さんたちとともに練習に専念していればいいと言われてはいた。

 だけど、綾芽さんたちみたいに人気もあって期待もされていて、演奏技術も高くステージ演出まであるアーティストと違い、録音した演奏で素人が歌うだけの私に綿密なリハーサルなんて必要ない。


 いや、素人だからこそ練習が必要かもしれないけど、私の場合、行き当たりばったりのドタバタした感じが魅力、と言われることもあるのだから、用意周到に準備してしまっては私らしさが半減してしまうだろう。

 なんて言い訳をしつつ、闇フェス会場で準備をするくりおねくんと少しでも長く一緒にいたい、という本音を胸に抱えていたりするのだけど。


 実際、ホールは広い上に、ほとんど放置されていたせいで、かなり汚れている状態。

 まずは大掃除から始める必要があった。


 アーティスト陣が練習に勤しんでいるとすると、準備に取りかかれるのは、おじさんとくりおねくんだけしかいない。

 たったふたりだけでは、圧倒的に人手不足なのは明らかだった。

 闇フェスの数日前には全国にある各ライブハウスの運営者なども到着するらしいから、本格的な準備はそれからスタートするみたいだけど。

 それでも、掃除くらいは終わらせておきたい。


 だったら私も手伝うしかない。

 というわけで、おじさんに手伝いを申し出たのだ。


 手分けして掃除をすることになったものの、ひとりでは心もとないと考えたのだろう、私はくりおねくんとコンビで行動するように言われた。

 そんなわけで、私とくりおねくんはふたりで一緒に、各アーティストたちが出番を待つ控え室の掃除をしている。


 数日にわたって開催される闇フェスだから、控え室はそれぞれのアーティストが寝泊りする部屋にもなる。

 ベッドはないけど、枕や毛布、敷布団なんかも用意しておく。

 それらもずっと置きっぱなしにしてあったものだから、どうも少々カビ臭い。


 天日干しをしようと外に出てみれば、あいにくの曇り空。

 かなり薄暗く、どんよりした雲行きだから、しばらくしたら雨が降り出してくるに違いない。

 仕方がないので、布団はエントランスに広げて、とりあえず部屋干し状態にはしておいた。充分な効果は期待できないかもしれないけど。


 布団の応急処置を終え、控え室の掃除を再開する私とくりおねくん。

 でもさすがに疲れてきていて、私はすぐに部屋の片隅で座り込んでしまった。


「女の子に力仕事までお願いしちゃってごめんね。しばらく休んでいていいよ」


 そう言ってくれたくりおねくん本人は、汗を流しながらも部屋の掃き掃除を続けていた。

 ホウキで床を掃くたびに、微かなホコリが舞い上がる。


「くりおねくんは、休まないんですか?」

「準備は僕の仕事だからね。和歌菜ちゃんは手伝ってくれている身なんだから、休み休みでいいよ」

「いえ、そういうわけにはいかないです。よっこらせっ!」


 中学生らしくない声を上げながら、私は立ち上がろうとした。

 その瞬間、


「あっ……」


 足に上手く力が入らず、バランスを崩してよろめいてしまう。

 前のめりに倒れかける私を、素早く駆け寄ってきたくりおねくんが支えてくれた。


「大丈夫? 無理しなくていいよ」

「あ……うん、そうですね……」


 余計に迷惑をかけてしまうだけみたいだし、私は無理せずにしばらく休んでいることにした。

 休憩後、ある程度は私も掃除を手伝い、やがて夕飯の時間となった。




 考えてみたら、ご飯ってどうなるの?

 そんな疑問を私はまったく抱いていなかった。

 おじさんはその辺りも含めて、しっかり準備していたようだ。

 このホールには、あらかじめ食べ物類が大量に持ち込まれていた。


 とはいえ、このホールには調理場がない。冷蔵庫すらない環境のため、準備されたのもカップ麺などがメインだった。

 カセットコンロを使って沸かしたお湯でカップ麺を作り、私たちはそれを食べている。


 少し距離はあるものの、なくなったらまた山を下りて買い出しに行けばいい。

 ただし危険が伴うから、なるべく回数を減らす必要がある。

 おじさんはそう言っていた。


 闇フェスの話を聞いたり広いホールを見たりして、私のテンションは上がっていたけど。

 逃亡生活……というか潜伏生活をしているんだな、という現状が重くのしかかってくる。

 全員で顔を合わせて食事をしたのに、疲れもあったのかほとんど会話もないまま、夕飯の時間は終了した。


 なお、ライブやコンサートを終えた人のため、ホールにはシャワーが設置されている。

 私はシャワーを浴びたあと、自分の部屋として割り当てられた控え室へと入った。


 人が増えたら数人で一緒の部屋に押し込まれることになるけど、今はまだ少ない人数だから、ひとりでひと部屋ずつ使おう。

 おじさんの提案で、私にもこの控え室が与えられた。


 ひとりポツンと静かな部屋の片隅に座り込む。

 ちょっと、寂しい……。


 ふと、ポケットに入れっぱなしだった携帯電話を見る。

 考えてみたら私、闇ライブのときにもケータイをポケットに入れたままだったんだ。

 ライブ中にケータイが鳴ったりしたらヒンシュクものだった。

 ……私のライブだったら、笑い話で済まされそうではあるけど。


 そんなことを考えながら、ケータイの画面をぼーっと見つめる。

 メールの着信も電話の着信もない。


 お父さんやお母さんは心配しているだろうか。

 お姉ちゃんや風香ちゃんも、心配しているのではないだろうか。

 そう思ったのだけど、誰からも連絡が入っていない。


 私ってやっぱり、いてもいなくても変わらない存在だったのかな……?

 お父さんやお母さんにとっては、優秀なお姉ちゃんさえいてくれればいいってことなのかな……?

 お姉ちゃんは、情けない妹がいなくなってせいせいしてる……?

 風香ちゃんは親友だと思っていたけど、そう思っていたのは私だけだったの……?


 急にひとりになったからか、気分は完全に沈み込んでしまっていた。


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