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「みんな~、ノッてる~っ!?」
「イエーーーーーイ!」
綾芽さんのマイクを通した呼びかけの言葉に、会場全体を揺るがすほどの応答が返る。
もちろん、私も声を返したうちのひとりだ。
私、白鷺和歌菜は、隣に並ぶ風香ちゃん――穂波風香と一緒に、このライブハウスへと足を運んだ。
目的は当然、今マイクを握って観客を煽っている女性、織春綾芽さん率いるバンド、『オリハルコン』のライブを見るため。
綾芽さんは、私の憧れの歌姫なのだ。
オープニングの一曲を終え、私も風香ちゃんも、周囲の人たちもみんな、飛び上がらんばかりの勢いでステージ上の綾芽さんに向けて歓声を飛ばしている。
「今日はあたしたちのライブに来てくれて、ありがとね~~~!」
「こっちこそ、ありがと~~~~~!」
私が答える声なんて、これだけ大勢の観客がいたら、綾芽さんにまで届くはずはない。
それでも叫ばずにはいられない。そんな雰囲気に満ち満ちているのだ。
結構広めのライブハウスとはいえ、それこそ大観衆を収容できるコンサートホールなんかと比べたら、圧倒的に少ない人数しかいないのは確かだ。
状況的にも、そうならざるを得ない。
にもかかわらず、ひとりひとりの熱狂度合いで考えれば、大規模なコンサートにも対抗できうるくらいの発熱量と歓声量。
空調が効いてはいても、熱気でむんむん、汗がだらだらと流れ出る。
それでも心地いいと思える爽快感を、オリハルコンの奏でるメロディーと綾芽さんが紡ぎ出す歌声は与えてくれる。
「うわぁ~、もう最高っ! 風香ちゃんも、そう思うよねっ!?」
「え? なんだ~? 聞こえない~!」
すぐ隣にいる風香ちゃんに喋りかけても、まったく会話にならない状態。
曲と曲のあいだのMCの時間は、ずっとこんな感じだった。
「それじゃあ、次の曲、聴いてください! 『天使と悪魔のミュージカル』!」
綾芽さんが曲名を告げると、わあっと大きな歓声が上がった。
そう思った次の瞬間には演奏が開始され、ピタッと観客の声は静まる。
誰もが集中してオリハルコンの曲を――そして、風鈴の音のように涼やかで美しい綾芽さんの歌声を聴きたいのだ。
熱気でいっぱいのライブハウスは今、綾芽さんの歌声という清涼剤によって包まれ、清々しい癒しの空間へと変貌を遂げた。
☆☆☆☆☆
『そよ風舞い遊ぶお花畑 あたしは小鳥と鬼ごっこ
お日様微笑み タンポポは踊り ひとりきり春色のミュージカル
落ちこぼれ天使のヒマ潰し あたしはいつでもひとりぼっち
お日様スポットライトを浴びせないで 心の涙が見えてしまうから
なにをやっても上手くいかない 誰もあたしを構ってくれない
いつになったら飛び立てるのだろう?
今のあたしのままなら こんな羽なんて必要ない
――だったら ちょうだい
不意のささやき くりくりおめめの悪魔の子
あなた天使の羽がほしいの?
綺麗でうらやましいからなんて 無邪気な笑顔
ほしいならあげるわ こんな羽
こうしてあたしは地に堕ちた
代わりに悪魔の羽をあげる なんて言われたけれど
いらないわ オシャレにはうるさいの』
☆☆☆☆☆
「やっぱ、いいわね~」
「そうね~」
今演奏しているのは、比較的おとなしめな雰囲気のポップチューンといった感じだろうか。
清澄なメロディーが穏やかに包み込み、サビに差しかかると一気にリズミカルなテンポで気分を盛り立てる。
私も風香ちゃんも、うっとりと聴き惚れていた。
オリハルコンは、ロック調の激しい曲から、静かで繊細なバラード曲まで、幅広いレパートリーを持っている。
それらの歌詞とメロディーは、すべてボーカルの綾芽さんの手によるものらしい。
演奏している他のバンドメンバーたちの意見も取り入れてはいるだろうけど、オリハルコンはボーカルの織春綾芽さんがいてこそオリハルコンなのだ。
オリハルコンってバンド名だって、織春の魂、という意味合いでつけられたという噂もあるくらいだし。
曲は間奏を挟んで、これから二番へと入っていくところだ。
この先の歌詞は、悪魔の子に羽をあげてしまった天使が様々な困難に立ち向かってゆき、見失っていた自分の存在意義を取り戻し、最終的には悪魔の子とも仲よくなって、羽も返してもらって一緒に踊るというお話になっている。
憧れている綾芽さんの書いた歌詞だから、何度も読み返して、私の頭の中にはしっかりとインプットされているのだ。
直接書かれてはいないけど、人にはみんな存在意義があって誰かに必要とされている、だから今は苦しくても前に向かって歩んでいけば幸せが必ず待っている、というメッセージが込められているのだと思う。
私はオリハルコンの演奏も曲の雰囲気も大好きだけど、綾芽さんの描き出す歌詞の繊細な世界観がとくに気に入っている。
だからこそ、自分でも詞を書き始めた。
私にとって、憧れであると同時に人生の目標でもある綾芽さん。
その綾芽さんが、マイクを唇に近づける。
さあ、物語の再開だ。
私は熱い視線をステージ上に向け、再び綾芽さんの美しい声に神経を集中させようとしていた。
まさにそのときだった。
「そこまでだ!」
不意に響き渡る大声。
重い金属製のドアで閉めきられているはずのライブハウスの中に、幾人もの男性が靴音を轟かせつつなだれ込んでくる。
私は一瞬で状況を理解する。
深い紺色の制服に身を包んだあの人たちは――。
「警察だ! おとなしくしろ!」
私の考えを肯定するかのように、男性が叫ぶ。
そう、あの人たちは警察官――。
強制捜査だ!
「歌唱罪の現行犯だ! 織春綾芽、および、オリハルコンのメンバーを逮捕する! 観客も全員捕まえるからな、観念しろ!」
警察官が高らかに宣言して突入を開始。
周囲は大パニック。
逃げ惑う者、混乱して立ちすくむ者、その場で頭を抱える者、反応は様々だった。
もともと狭い中に大勢の観客が集まっていた状態。逃げようとする人と立ち止まっている人が入り乱れ、さらには出入り口から警察官が突入してきているせいで、会場は混乱の極みといった様相を呈していた。
「風香ちゃん……」
「……これは、ヤバそうだな……。でも、逃げられやしないか……」
「うん……」
激しい人の流れで押し潰されそうなほどにぎゅうぎゅうと圧迫される中、風香ちゃんと言葉を交わす。
風香ちゃんの顔は、苦痛に歪んでいる。
かく言う私も、誰かに足を踏まれ、胴体に前後左右からかかる圧力をひっきりなしに受けていた。
「ごめんね、風香ちゃん。わかながライブに誘ったばっかりに……」
「いいって。私だって楽しみにしてたんだから。和歌菜が謝る必要はない。自己責任だよ」
そう言いながらも、風香ちゃんは不安いっぱいの表情を見せていた。
私自身も不安だ。
出入り口付近の人から外に連れ出され、私たちは全員捕まってしまうのだろう。
ふとステージに目を向けると、綾芽さんや演奏していたバンドのメンバーが警察官に取り囲まれ、その身を拘束されていた。
私や風香ちゃんを含む観客は、おそらく補導されたのち、厳重注意を受けるだけで帰されるに違いない。
だけど、綾芽さんたちは――。
絶望感で打ちひしがれる私の瞳に、憧れの歌姫が連行されてゆく様子がくっきりと焼きつけられるのだった。




