セットアップ 幼き機壊
―――――全ては嘆きから始まる。
屋敷の庭には雨が降っていた。全てを叩きつけるような水滴の弾丸。
身体の熱は既に極限まで奪われている。
噴水の水は溢れ、草木はシズクに耐えている。
白髪の青年。
幼いころの鏡夜・ツィーングラムはそんな殺伐とした景色の中に人を見て、驚愕の表情を浮かべた。
彼は英国のツィーン家の宗主にして跡取り息子。幼いころより帝国学を叩き込まれてきた。
力こそ全て。情など枷。涙とは敗北の証。
それらを信じて疑わなかった。それゆえ強くなれたと感じていた。信じていた。
「お母さぁん・・・・・・」
人は少女だった。自分と同じくらいの女の子だった。長髪の黒髪はしな垂れ纏わりついていた。
少女の手はもう一人、女性の手を握っていた。しかし、女性の手には―――血が溢れんばかりに噴出していた。
「あ・・・・」
目が合った。少女の目は悲しみに染まっていた。私は心が痛んだ。感じたことのない痛みはゆっくりと私の首を締め上げる。
その女性は闇で父が潰した時羽財閥の宗主だった。手にはカッターナイフが握られていた。自殺。見せしめ。
疼く罪悪感―――押さえつけた。
少女は血塗れになった女性をなお見捨てていなかった。無駄だと思った。頚動脈は完全に切れているだろうと思った。
「無駄だよ。その人はもう死んでる」
無表情な瞳で吐き捨てた。心の痛み。止まらなかった。
「血を流しすぎた。もう助から―――」
言葉は止められた。少女は私に抱きついた。身体は恐ろしいほど冷たかった。
傘を落とした。拾おうと思った。だが少女は強く抱きつき、抑えてきた。
「おか・・・さん・・・・どう・・・して・・・・!!」
少女は涙を流し、嘆いた。私は動けなかった。少女に束縛されていた。
解く必要があった。説く必要があった。
だが言葉は出なかった。ただただ無言だった。
「嫌・・・・だ、よ・・・・もう・・・・ひと・・り・・・は・・・・!!」
時羽財閥社長―――俺が殺した。
邪魔だと思った。相手には知恵があった。一発逆転。一縷の望みはあった。
社会的に抹殺した。偽罪を作り上げた。検事官。裁判人。公聴人。すべてこちらのサイド。
判決―――英国で懲役10年。
私は迷った。だがそれは許されなかった。進まなければこの世界は変えられないと分かっていた。
「・・・・そう、だな。独りは嫌だな・・・」
だが俺は少女を切り離せなかった。どこか姉のツバキに似ている部分があった。同じ心情を持ってしまった。
私は少女を抱きしめた。少女は困惑の瞳を浮かべていた。
「君を優良な孤児院に送ろう。大丈夫。私のお墨付きだ」
私はまだ甘かった。子供だった。因果関係を理解していなかった。
「――――だから、幸せになってくれ。時羽の者よ」
悪を行いて善は還らない。それ故人は滅びる。
死は還ってくる。利子をつけて叩きつけてくる。そんな簡単な世界を―――私は見てみぬ振りをしていたのかもしれない。