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第十六話 手渡された手紙と千鶴の想い

「ねぇ、ちょっと寄り道しよう?」


不意に彼女が横からそう言った。


口調も言葉ぶりも軽いのだけれども、表情は真剣だった。


何かいいたいことでもあるのだろう。


私は、頷くと、彼女の後をついていく。


彼女は砂浜へと降りると、どんどん進んでいく。


そこはとても懐かしい風景。


彼女とあるいた道。


私が初めて誰かに教えた道。


彼女だけが知っている道。


そこは、あの秘密基地へとつながる道。


彼女は、岩場をよじ登り、そこに座る。


私もそれにならって、彼女のようによじ登り、隣に座る。


そして、彼女の言葉を待つ。


だけど、彼女は何も言わない。


やはり、彼女も先ほど言ったように、何もかける言葉なんてない事ぐらい分かっているのだろう。


ただ、それでも、どうしても、何かを言いたかったから、ここによんだのだろう。


彼女は優しいから。


ずっとずっと、悲しい顔をしておいて欲しくないから。


自分だって、苦しいのに、それでも我慢する。


そんなところは、千鶴に良く似ている。


だけど、千鶴よりもずっとずっと幼い。


闇を知らないから。


「これ、千鶴さんから預かってた手紙」


そして、ようやく、彼女が口を開いた。


「私が、聡の傍にいなくなったら、渡してって言われてたの……」


けれど、それは、余りにもの事で、うまく反応できなかった。


「はい、聡君」


それでも、彼女が手渡した手紙をかろうじて受け取る。


そして、封を切る。


その手は、自分でも分かるほど震えている。


怯えている。


何に対してかは全く分からないけれど、私は確かに怯えている。


そして、私はそっと便箋を開くと、中身を読んだ。






これを読んでいるという事は、ついに私も死んだようだな。


まぁ、私としてはほっとしているだろうよ。


いつ死ぬのだろうかと、恐れて眠らなくていいんだからな。


なんて、そんな事を言ったら、お前が悲しむかな?


お前は本当に優しい奴だからな。


いつもいつも、自分勝手だと言っているけど、お前の自分勝手はホントに優しすぎるよ。


お前は私と同じか、それ以上に深い闇の瞳を持っているくせに、ホントに優しい。


そんな事を言ったら、お前も否定するだろうけど、言わせてくれ。


お前は本当に優しい。


だから、正直に言うと、お前と一緒に眠った日は、本当に久しぶりにゆっくりと眠れた。


ぐっすりと眠れたんだ。


あれから、何度か同じベッドで寝たが、いつもぐっすりと眠れた。


お前のおかげだ。


本当に、お前には感謝しても感謝しきれない。


私はお前に何もしてやれなかったのにな。


むしろ、傷つけてばかりだったのにさ。


あの時だって、そう。


私はお前がどんな反応するのかぐらい予想できた。


本当はそんな事を言ってはいけない事ぐらい分かっていた。


言えば、絶対にお前を傷つけると言う事ぐらい分かっていたのに。


だけど、私は、言ってしまった。


もう、これ以上一人でいたくはなかった。


甘えさせて欲しかった。


だから、教えたんだ。


お前と秘密を共有したかった。


ホントに浅ましい考えだった。


おかげで、お前は壊れた。


私が思っていた以上にひどい状況になった。


初めて、壊れたお前を見た時、本当に後悔したよ。


もう死んでいるのと大差がなかったんだからな。


だけど、私はそれでも謝れなかった。


このまま罪を背負って死んでいこうと思った。


それでも、私はどこまでも愚かなんだな。


結局、お前を追いかけていってしまった。


高校の時と同じように、大学まで。


お前の大学は、私の学力じゃ、足りないから、わざわざ近郊の私立にまでして。


自分でもほとほと呆れるよ。


だけど、結局会おうとすることはできなかった。


やっぱり、怖かったから。


でも……


でも、再会できた。


そのときばかりは神様に感謝したよ。


生まれたときは、罵詈雑言ばかり並べてたのにさ。


ホント調子いいよな。


でも、それぐらい、感謝したかったんだ。


お前とまた傍にいられるから。


お前が傍にいると言ったときは本当に嬉しかった。


心の底から幸せだった。


私は本当に幸せだった。


お前はよく言ってたよな。


人は幸せになるために生まれてくるって。


どうやら、それは私も同じのようだった。


確かに人より短いかもしれない。


だけど、それでも、幸せだった。


ようやく、私にも生きる意味と言うものが見つかった。


お前と同じようにようやく普通に生きていける。


そう思ったよ。


お前も幸せなんだろう?


雪野さんがいるから。


私の事はもういい。


私は、もう十分お前に愛された。


だから、彼女の事を愛してやれ。


守ってやれ。


お前には、それが出来るだろう?


なんと言っても、お前は私が愛した男なんだ。


良い男なんだから。


だから、守ってやれ。


お前は強い。


いつもいつも、お前は自信がなくて、弱いといっているけど、本当は強い。


私の傍にいてくれた事がその証だ。


お前が私の事を強いと思うのなら、お前も同じだ。


お前も強い。


傷ついても、立ち上がってくるお前は強い。


誰かを幸せに出来るお前は強い。


だから、自信を持て。


そうすれば、きっと大丈夫だから。


お前は、ただ刷り込まれているだけだ。


母親の言葉に騙されているだけなんだ。


もう、母親の言葉の呪縛から飛び出さなくてはいけないんだ。


他の誰でもない私が本当のお前を知っている私が言うんだ。


だから、信じて、強いと思ってくれ。


そうじゃないと、私はいつまで経っても安らかに眠れない。


愛するお前が、いつまでも苦しんでいる姿なんて見ていたくないからな。


なんて、卑怯か。


こう言うと、お前はそう思うしかないもんな。


でも、卑怯だろうと何だっていい。


私はお前には、そう思っておいて欲しいんだ。


そこのところだけは、分かってくれ。


それじゃぁな。


後ついでに……


この手紙は、処分してくれてかまわない。


雪野さんとて、嫌だろう。


死んだ女の手紙をいつまでも、大事に持っていられるのは。


気高くも優しい愛する男・聡へ


その男の幸せを願う女・千鶴より

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