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第十五話 消え失せていったもの

目の前はただただ絶望のみ。


そんな世界は常だった。


私がその世界を望んでいたから。


既に夢も希望も否定していたから。


だから、何も受け入れなかった。


自分から壊れるようにした。


伊緒の時もそう。


私が告白しなかった本当の理由。


それは関係が壊れる事が怖かったからではない。


むしろ、壊れる事を望んでいた。


私はその関係の心地よさに恐れていた。


その空間になれて、その空間が心に染みついた時。


そして、そんな時に、その空間が壊れてしまったら、自分はきっと壊れる。


それが怖かった。


きっと、私は無意識のうちに気付いていたんだと思う。


それは、千鶴も同じ。


彼女もやはり私と同じ傷を持つ。


だから、そんな恐怖を味わいたくなかった。


そのために、告白しなかったのだ。


壊すために。


自然崩壊をさせるために。


心の中に染みつく前に。


自分自身を守るため。


「泣いてもいいんだよ?」


隣にいる彼女は、私にそっと言う。


その彼女はすでに涙をこぼしている。


今の私は実家に帰省中。


夏休みに入ったから。


そして……


彼女の……


千鶴の葬式が行われているから。


「泣かないさ。俺は千鶴の前でだけは泣かない。それがせめてもの手向けだ」


私は、棺に眠る彼女の頬をなでる。


それは、どこまでも、奈落の底までつき落としてくれるほど、冷たく硬い。


あの暖かくて柔らかった頬ではない。


完全に彼女は死んでいる。


彼女の正式な病名は聞いていない。


私が知っている事はたったの二つ。


先天的な遺伝子異常。


彼女は遺伝子上の爆弾を抱えており、それが爆発次第死ぬ。


そして、どんなに長く生きたとしても、24歳と言う事。


けれど、彼女は、そこまで生きられなかった。


普通の生活を望んだから。


あくまでも、その数字は病院で絶対安静にしてた場合の事。


普通の生活をするとなれば、やはり疲労が重なりずっと短くなる。


彼女が抱いた闇の原因。


それが、これだった。


確実に決まった死。


彼女は生きる意味を失った。


たった二十数年間で何ができる?


いや、何も出来やしないさ。


なら、何もなせない人生にどんな意味がある?


意味などない。


彼女は、生まれながらにして生きる意味を失った。


だけど、死ぬ事も出来なかった。


死ぬ事が怖かった。


そして、それと同時に、悲しむ両親の事を考えると、どうしてもできない。


彼女は、笑いながら、そう言った。


本当に悲しそうに。


どこまでも壊れそうな顔をして。


その瞳に絶望を写して。


そこにあるのは、私だった。


私も子供の時に、生きる意味を失った。


人は幸せになるために生れ落ちた。


そう聞いていた。


そして、そう信じていた。


だけど、私には、幸せは訪れなかった。


いや、世間一般的に裕福な家庭に生まれたのは幸せなのかもしれない。


だけど、私はそれを幸せだとは思えなかった。


誰にも愛されていなかったから。


誰もが、私の事を見下し、自分の道具としか扱ってくれなかったから。


だから、私は生きる意味を失った。


人は幸せになるために生れ落ちる。


だけど、私は幸せにはなれない。


誰にも愛されず、唯一の友ですら、手のひらから砂のように零れ落ちた。


私の手には、幸せはなかった。


あるのは、絶望のみ。


その瞬間に私は生きる意味を失った。


それでも、生にしがみついたのは……


死ぬ事が怖かった。


そして、死んだ後の周りが怖かった。


誰も、きっと悲しむ事はない。


そんな事は分かっていた。


ただ、笑われるのが怖かった。


死を悼むのではなく、笑われてしまう事が怖かった。


私と言う存在を否定されるのが怖かった。


だから、私は死ねなかった。


何度も死のうとして、結局出来なかった。


だから、望んでいた。


殺される事を。


誰かに殺される事を望んでいた。


自分で死ぬ勇気はない。


だから、殺して欲しかった。


誰でも良いから殺して欲しかった。


そうすれば、終われるから。


そして、誰かがその死を悼んでくれるから。


決して意味のない死ではなくなると思ったから。


彼女もそうだったのだろうか?


千鶴も同じように殺される事を望んでいたのだろうか?


いや……


そんな事はもうどうでもいいか。


もう、彼女は死んでいる。


殺されるがどうのこうのなんて事は関係ない。


彼女は本当に安らぎに満ちた顔をしている。


きっと穏やかな死なのだろう。


ならば、それでいい。


私の罪も消えた。


もう、これで、何も考える必要はない。


ただただ、惰性で生きていけばいい。


千鶴が望んだように生きていけばいい。


私は幸せになる。


千鶴の分まで幸せになる。


それが、彼女の本当の姿を知る者の務め。


彼女の存在した事を消滅させないために。


私は、彼女の棺から離れ、そのまま会場を後にする。


隣には彼女がいる。


だけど、何も言わない。


今の私に何かを言ったところで、どうにもならない事ぐらい彼女も分かっているのだろう。


そんな彼女の優しさに感謝しつつ、会場を出た足で、そのまま駅へと向かう。


実家に帰ってきたのは、彼女の葬儀に出るためだけの事。


なら、もうここにいる必要はない。


どうせ家に帰っても、母親のお小言が出るだけ。


それならば、さっさと帰ってしまったほうが良い。


今の私が母親に会うと、はっきり言って何をするか分からない。


情緒不安定な状況で、まともに会話を成立させる自信なんてない。


ならば、無駄に喧嘩の種を蒔く必要もない。


私は、海岸沿いの道を歩く。


この道は駅までは遠回りになる。


だけど、帰る前に、この世界を目に焼き付けて起きたい。


千鶴がいたこの街の姿を。

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