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第十四話 二人の朝食

目が覚めると、隣には千鶴の姿はなかった。


その代わりに、トーストの芳ばしいにおいがする。


私は、床に散らばる服を着なおすと、キッチンに向かう。


彼女の部屋もワンルーム。


申し訳程度につけられたキッチンに、彼女はいた。


どうやら、ベーコンエッグを作っているらしく、ベーコンと卵をフライパンで焼いている。


けれど、その手は、どこか恐る恐るで、手つきがあやしい。


たぶん、こういう事になれていないんだろう。


私は、そっと彼女を押しのけると、続きを受けもつ。


その際彼女が文句いいたげな顔をしたが、


「火傷でもしそうな手つきじゃなくなってからにして」


ばっさりとそれを切り捨てると、作業に移る。


とはいえ、やる事はほとんどない。


そもそもベーコンエッグなんて代物、ささっと終わってしまうもの。


そういうものだから、彼女も挑戦したのだろう。


まぁ、失敗しそうな感じがしたけれど。


私は、さっさと焼き上げたベーコンエッグを皿に並べると、彼女に手渡す。


それを彼女はテーブルに置く。


これが一番の理想だろう。


そうして、並んだ朝食を見て、彼女はため息をついた。


まぁ、何を思っているのかは、すぐに分かる。


どうせ、相変わらず家事万能だと思っているんだろう。


「さ、さっさと食おうぜ」


だけど、そんなことはいい加減昔聞き飽きた。


裁縫に始まり、料理から、お菓子作りまで。


ことあるごとに、そういわれたのだから、耳たこだ。


「そうね」


そんな内情を彼女も気付いたのだろう。


余計な事は言わず、頷き、目の前に並ぶ皿へと向かうと、トーストをほおばる。


それにあわせて、牛乳も飲む。


相変わらず、乳製品が好きなようだ。


私とは全く逆。


私は乳製品はあんまり好きじゃない。


料理として使う分にはいいけど、牛乳だけは、どうしても、それ単品で飲む気は起きなかった。


まぁ、嫌いだからと言って飲まないわけでもないけれど。


やはりバランスを考えると、どうしても飲まなければ行けないときがあるから。


「にしても、相変わらず、お前は寝起きが悪いな」


私がのんびりと考え込んでいるうちに、あらかた片付いたのだろう。


くすりと笑うと、そういう。


どうやら、私が寝ているうちにいろいろとしたみたいだ。


「まぁ、低血圧だから仕方ないさ。それに、今は昔ほどひどくはないだろう?」


だけど、それに気付かないのは、私としては仕方ないのだ。


どうも体質的に朝には弱いのだ。


「確かにな。昔はほんとひどかったよな。寝起き一発の声はだいたい猫なで声だもんな」


けれど、そんな事は彼女にとっては、からかう材料でしかないのだろう。


昔の事を穿り返してくれる。


「仕方ないだろ!!寝起きは意識がしっかりとしてないんだから」


本当にいい性格をしている。


人の恥を堂々と言ってくれるのだから。


「でも、正直びっくしたぞ?起こそうと思って、声かけたら『うん?もうちょっとだけ寝かせて?お願いだからぁ』なんて言い出したときは」


しかも、やめてくれる気配はない。


どこまでも、私の事をいじくり回す気なのだろう。


いつもと変わらず。


今までと変わらずにいるために。






「なぁ、雪野さんを紹介してくれないか?」


食後のんびりしていると、唐突に切り出した。


いったいどうしたのだろうと思って、彼女表情を見る。


けれど、すぐに分かった。


彼女の表情はとても真剣だった。


先ほどまでののんびりとしていたものではない。


ならば、答えは一つしかない。


私の事だろう。


今の彼女がそんな表情をする理由はただ一つ。


私の事について、彼女に何か言うのだろう。


そして、きっと、彼女はその時に謝るのだろう。


奪ってしまってすまないと。


「わかった。今から彼女に連絡するよ」


そんな事をしたところで、何の意味もなさないだろう。


沙希さんとて、全てを納得しているのだ。


今更そんな事を言っても何にもならない。


だけど、それでも、かなえてやりたいと思った。


私に出来る事は全てかなえてやりたいから。


かけた電話に彼女はすぐにでた。


だけど、その声は暗い。


そのことに、胸が痛むが、無理やりそれを押し込むと、事務的に話を進める。


無事に、了承を取ると、


「んじゃ、行こうか?」


そう言って、彼女を促す。


それに頷いた彼女は、支度を済ませ、部屋を出る。


そして、私と彼女は、沙希さんの部屋に向かう。


その途中で会話はなかった。


正直、どんな会話をすればいいのかが分からなかったからだ。


そんなきまずい雰囲気の中、目的地に到着した。


呼び鈴を押して、沙希さんを呼ぶ。


部屋から出てきた、彼女は、私と千鶴を交互に見ると、困ったような顔をする。


それもしかたないだろう。


初めて会うのだ、会話に困らないはずがない。


なので、私は、沙希さんに一言二言言っておく。


まぁ、内容はいたってシンプル。


遠慮はしない事。


それだった。


千鶴自身悪い事をしたと思っている。


特に昨日の事はお互い良い事だとは思っていない。


だからこそ、遠慮はしないで欲しい。


良い事は良い、悪い事は悪い。


そう判断して欲しい。


それを千鶴は切望しているのだ。


私はその場から離れる。


今、ここに私がいても意味がない。


むしろ邪魔でしかない。


なら、さっさと消えてしまったほうが話しがスムーズに進むだろう。


自分の部屋に戻ると、コンポをつけて、音楽を流し、ベッドに寝転がる。


正直かなり疲れた。


今でも、いろいろと考えてしまう。


考えたって何も変わらない事ぐらい分かっている。


全ての結末は一つ。


もう終わりは確定している。


それが分かっているからこそ、私は今こうしている。


決して後悔なんてしないように。


後悔すれば、きっと壊れる事が分かっているから。


そして、壊れればきっとたくさんの人に迷惑をかけるから。


壊れた時の私は本当に冷たくて、容赦がなかった。


同じ私でも、全く別の私だから。


だから、壊れたくない。


人が好きだから。


沙希さんが好きだから。


もう傷つけたくないから。


だから、私は自分勝手に行動する。


それが千鶴を苦しめる事になっていると分かっていながらも、それでもやめられない。


私は、起き上がると、クローゼットの奥に隠していた中学の時のアルバムを取り出す。


隠していたのは沙希さんに見られたくなかったから。


今とは違って愚かだった頃私を。


傷つける事しか知らなかった頃の私を。


いろんな人間が写っている。


仲の良かった人。


仲の悪かった人。


話した事のある人。


話した事のない人。


いろんな人が写っている。


そして、その中には、しっかりと私と伊緒と千鶴、里香の四人が写っている。


とても幸せそうに笑っている四人。


本当に仲のよさそうな四人。


そして、それが故にぼろぼろになっていく四人。


哀れだった。


滑稽だった。


何もかもが。


中学時代の事は何もかもがくだらない。


愚かな考えをして、愚かな選択をした。


そうすれば、こんな事にはならなかった。


本当は、あの時、告白をしておけば良かったのだ。


そして、私が傷ついて置けばよかったのだ。


そうすれば、恐る恐る近づく事なんてなかったのだ。


壊れる事ばかりを恐れて。


守る事ばかりを考えて、先を見えていなかった。


もし、あの時、私が告白していれば、全てが変わっていただろう。


誰もが苦しまずにすんだ。


きっと、沙希さんとは出会えなかっただろう。


きっと、私は絶望を手にする事になっただろう。


だけど、それでいい。


今のように、誰も彼もが傷つくよりかはましだ。


私はいつも傷ついて生きてきた。


裏切られて、捨てられて、いつも一人だった。


傷つく事には慣れていたはずだった。


だから、私一人が我慢すれば、こんな終わり方はしなくても済んだはず。


少なくとも、沙希さんが傷つく事はなかったし、伊緒もすっきり出来たと思う。


千鶴も、安穏な生活を向かえる事が出来ただろう。


なのに、私は……


私は逃げてしまった。


愚かにも逃げる選択をしてしまった。


全ての始まりはやはり中学の時。


あの時の選択が間違いだったのだ。


どうせ、伊緒が誰かのものになる事は分かっていた。


失恋する事は最初から分かっていた。


ならば、告白すれば良かったのだ。


自分の中でけじめをつければよかったのだ。


本当に悔しい。


時間は戻せない。


これほどまで、自分の無力さが胸にのしかかる。


心の中にいるもう一人の私が嘲笑う。


冷たく容赦のないもう一人の私が。


そして、もう一度壊れろと叫ぶ。


そうすれば、自分が出てくるから。


全てを終わりに向かわせる自分が出てくるから。


もう一人の私は何も生み出さない。


育まない。


ただただ、破壊をつくし、絶望だけを撒き散らす。


自分自身に。


もう一人の私は私が抱える闇の全て。


人を憎み、恨み、嫉み、そして、自分自身だけを愛している。


だから、破壊するだけ。


決して何も生み出さない。


私を孤独にするだけの存在。


それだけのために存在する。


人形にするための存在。


沙希さんと出会う前の私。


それは生きた人形。


壊れてしまった哀れな人形だった。


全てを否定して、全てを拒絶していた。


孤独の中で生きていたかった。


傷つく事と裏切りを恐れ。


精神が壊れる事を恐れ。


私はそっと中空へ手を差し伸べる。


その手をそっと握る人がいる。


千鶴だった。


もう話しは終わったのだろう。


「なんて顔をしているんだ?今にも死にそうな顔をして」


だから、ここにいる。


そして、私の心配をしているのだ。


「俺はもしかすると死にたいのかもしれないな。ただ、死ぬ事の愚かさを知っている分死ねないでいる。生きたくても生きていけない人の悲しみを知っているから」


そんな彼女に返す言葉。


真実の言葉。


私はきっと死を望んでいる。


死ねば何も考えられないから。


死こそ、何も生み出さず、何も育まないから。


生への輪廻へとは帰らない。


それは私が罪を背負ったから。


罪人にはきっと輪廻は許されない。


永遠の苦しみが待っているだけ。


だから、死ねない。


私は幸せになりたいだけだから。


苦しみたくないだけで、死にたいわけではない。


「お前はいつもそうだな。その瞳に何を写している?世の中の真理か?時々、私はお前が分からなくなる。自分でも言うのはなんだが、私の方が、お前よりももっと深い絶望の世界にいる。けれど、お前の方がもっと深い闇の中にいる。それはどうしてだ?」


そんな私を見て、彼女は悲しそうに言う。


どうして、そこまで絶望のただなかにいようとするのか、と。


「それは、俺が弱いから。弱いから、ちょっとした絶望でも、すぐに心が過敏に反応してしまうからさ」


だけど、それは決して私が優れているからではない。


むしろ、劣っているから。


私自身が欠陥品だから。


母親は言った。


どうしてこんな子供に育ったのか。


私はこんなふうに育てたつもりはない。


私はもっと良い子に育てたはずなのに。


そう言った。


そして、それは私が欠陥品である事の証明。


どこまでも欠陥だらけの存在。


だから、心もまた欠陥品。


臆病で弱い、欠陥だらけの部品。


だから、ちょっとしたことで、絶望してしまうのだ。


「いや、お前と私の心の弱さは同じ。お前と私は同じなんだからな。だから、もしかすると、お前の方がむしろ、不運なのかもしれないない。ここで終われないお前は」


けれど、そんな私を彼女は抱きしめると、よりいっそう悲しげにそういう。


しかし、それは違う。


私の方が絶対に不運ではない。


千鶴の方が絶対に不運なのだ。


それだけは間違いない。


そして、心の弱さも私の方が弱い。


弱いのだ。


だけど、何も言えない。


彼女が何も言わせてくれない。


いつもそうだ。


私が何か言おうとすると、今にも壊れそうな顔をして、私を見る。


そんな顔をされたら何も言えない。


言い出す勇気が起きない。


私の言った言葉で壊れはしないかが怖くて。


「最後に、雪野さんと話せてよかったよ。これで、心残りはない」


彼女は、そういうと、私から離れると、部屋を出る。


香水の甘い香りだけを残して。

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