表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/21

第十三話 おまじないと古い思い出

暗闇の中、私は目を覚ました。


ベッド脇にある時計を見ると時刻は深夜。


行為を終えると同時にどうやら眠ってしまったらしい。


まぁ、精神的にダメージが大きかったのだから仕方がない。


お互いぼろぼろの心をさらけだし合ったのだ。


余計に傷つかないはずがない。


彼女もまだ眠っている。


初めての行為のせいもあるだろうが、やはり、原因は彼女も同じ。


決して愛してもらえてない。


そんな男との行為。


一方通行の想い。


それを抱えながらの苦痛だけの行為。


ずたずたになるのは当然の事。


本当に悪い事をしたと思う。


できることなら、彼女の事を愛せれば良かった。


なんて、それは私の勝手なエゴか。


どうせ、私は彼女を愛する事は不可能なんだ。


臆病で寂しがり屋な私には彼女の事を愛せない。


強い人間じゃないから割り切る事なんて出来ない。


私はそっと彼女の髪を撫でる。


そういえば、私が初めて頭を撫でたのは、伊緒だった。


あまりにも行動が可愛すぎて思わずしてしまったのだ。


それを見て、千鶴は呆れたような顔をしていた。


そして、伊緒は怒っていた。


子供扱いされているようで。


だけど、私の中では、伊緒は子供みたいなものだった。


からかいがいのある奴だった。


でも、たぶん、本当に子供だったのは私。


何も知らないで、何も分からないで、偉そうにしていた。


ちょっとした過去がある事に、酔いしれて、自分は違うのだと勘違いしていた。


何一つ変わらないのに。


何一つとして、自分が憎んでいた人と同じだったというのに。


今思えば、あの頃の私は本当に幼かった。


千鶴はそんなところに惹かれたのだろうか?


私は千鶴じゃないから分からない。


ただ、私は幼さの残る人が好きだった。


見ていて微笑ましいから。


心の奥底まで暖かさが染みこんで来るから。


そして、沙希さんもそうだった。


初めて見た時の彼女は本当に幼かった。


純粋で、私のように汚れていなかった。


とても羨ましかった。


だけど、それ以上に、自分に近づいて欲しくなかった。


自分に近づく事で汚してしまいそうで。


私は否定的な男。


何もかも否定してしまう。


だから、素直に受け入れる事が出来ない。


それが、彼女にも移って欲しくなかった。


彼女は彼女のままであるがままに受け入れて欲しかった。


それこそが、彼女が彼女であるために必要なものだから。


だから、それを失わせたくなかった。


だけど、それと同時に、逆に自分も変わりたい。


むしろ、私が彼女のようになりたい。


そう思っていた。


そっと、彼女の額にキスをした。


おまじない。


遙遠い昔。


『私』が『俺』でなく、まだ『僕』だった頃。


まだまだ幼かった頃。


そう言って、額にキスをしている姿を見た。


それを見て、私は本当に羨ましかった。


泣いていた息子に母親がしていたことだった。


私も母親にしてもらいたかった。


だけど、あの母親はそんな甘い顔はしてくれなかった。


ただ


『いつまでも泣いてるんじゃないの、男の子でしょ!!』


声を上げるだけ。


ムチしか使わない人だった。


だから、私はそうしてもらってるのがとても羨ましかった。


いつもいつも、その子にそう言っていた。


その子は私の友達だったから。


初めての友達。


いつも一緒だった。


何をするのも一緒だった。


親友だった。


そして、そんな親友がそうやって、母親の愛を一身に受けている姿を見て、本当に羨ましかった。


自分の持っていない物を持っていて羨ましかった。


だけど、なぜかその思いは嫉妬にはならなかった。


自分が持っていない物を持っていて羨ましいはずなのに、そんな物抱かなかった。


もしかすると、分かっていたのかもしれない。


私には、その親友しかいないと言う事が。


もし嫉妬して、その仲が壊れてしまえば、孤独に陥りかねないと。


実際、その親友がいなくなってから、私は孤立していた。


友達だっていた。


だけど、どうしても、深く突っ込めなかった。


深く突っ込もうとするところでどうしても問題が起きた。


余計な事ばかりを言う性格。


どうしても、それがネックになっていた。


だけど、それは臆病な心持から来るものだった。


壊れる事を恐れて、自分から壊そうとしていたんだと思う。


失う事で味わうあの絶望感を感じたくはなかったから。


目の前が真っ暗闇になったあの瞬間を思い出したくはなかった。


親友が消えたあの瞬間を。


あの時の私は壊れた。


初めて、自分でも分かるほど壊れた。


壊れてしまった私は現実から逃げ出した。


周りは言った。


子供だから別れの意味を分かっていないのだと。


だけど、それは違う。


子供だって、別れの意味ぐらい分かっている。


だからこそ、私は逃げ出した。


怖かったから。


現実を受け入れたくなかったから。


受けいれた瞬間にどうなるか分からなかったから。


それを分かってくれたのは、皮肉にもその親友の母親だけだった。


いつもその親友と遊んでいた場所で一人でいたとき。


そのとき、壊れたように泣いていた私を見つけた彼女だけは、分かってくれた。


同じ傷を持っていたから。


そして、彼女は、私という人間を少しは分かっていてくれたから。


だから、私を……


私の額にキスをしてくれた。


自分の息子にしていたと同じように、私にも。


彼女にとってのそれが精一杯の愛情の証。


彼女がああして、息子の額にキスをしていた意味。


子供の頃は分からなかったけど、今は知っている。


贖罪。


別れを生み出してしまった事への。


だから、その贖罪と精一杯の愛情。


そして、私もその母親と同じ事をしている。


彼女への贖罪と精一杯の愛情。


今、こうしてここにいるのは、それ以外なんでもない。


「相変わらず、その眉間にしわをよせる癖は治っていないみたいだな。」


不意に枕元から声がした。


彼女だ。


どうやら、起きたらしい。


「そんなに、俺はいつも眉間にしわを寄せていたか?」


けれど、彼女の言葉は疑問だった。


彼女を裏切ってしまったときからの私ならその可能性はある。


だけど、それ以前、彼女と一緒にいた頃はそんな感じではなかったはずだ。


「あぁ、お前も周りも気付いていないみたいだったがな。特に周りは、お調子者で馬鹿みたいなお前しか知らないだろうから、当然だけど、私は良く見たよ。何かに絶望したような目。私と同じ目をしていたよ」


けれど、そんな私の疑問はあっさり消される。


彼女は、寂しそうに笑うと、そう言った。


自分と同じ目。


それが、辛いのだろう。


彼女は私と同じなんだ。


自分と同じになって欲しくない。


私が、沙希さんに、同じになって欲しくないように、彼女は私が同じようになって欲しくなかったのだろう。


私も千鶴も人が好きだから。


だから、こんなくらい闇の中でしか生きられない人間になって欲しくないのだ。


壊れかけの心を守るような人生を歩んで欲しくないのだ。


私は、彼女の肌をさらした肩をだくと


「俺も失ったからな。一番大切な物を。唯一の心の支えを。だから、時にはそんなふうにしていないと、やってられなかったんだろうさ」


苦笑気味にそういう。


結局はそう。


どれもこれも自衛手段。


壊れそうな心を必死になって守ろうとしていたのだろう。


そうやって、少しずつ悲しみを払拭させようとしていたのだろう。


「そうだろうな。私もお前も本当に弱い人間だからな。」


その答えに満足したのだろうか。


彼女は、そう返すと、目を閉じて、また、眠りにつく。


だけど、私はそれに頷けない。


確かに、私は弱いのは、事実だ。


だけど、千鶴は決して弱くない。


私と比べるまでもなく強い。


まぁ、千鶴は頷かないだろうが。


もう少し、自分の価値を考えて欲しいものだ。


絶対に自信を持ってもいいものなのだ。


私は、もう一度彼女の額にキスをする。


今度のは、おやすみのキス。


本当の恋人じゃないから、額。


唇には出来ない。


身体を重ねるときにはもちろん、唇にした。


だけど、今はどうしても、額にしたかった。


ちゃんとした理由は分からない。


ただ、こうするほうが正しい。


なんとなく、そう思ったから。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ