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第十一話 償いのための終焉

目を覚ますと、自分の頬をまず触った。


水気を感じたから。


案の定、そこを触るとべったりとしていた。


涙だった。


きっと、俺は……


いや、私は泣いていたのだろう。


一人称がまた『私』に戻る。


それは、心に再度鎧を着る事。


いや、そもそも、鎧は脱いでいなかった。


私が一人称を『俺』にした事。


それは、ただ、『俺』だった頃と同じ事をしたかっただけ。


私は、今全てを思い出した。


だからと言って忘れていたわけではない。


ただ、気付かない振りをしていただけ。


誰かのせいにして、決して自分を傷つけられないようにしていただけ。


愚かだった私。


罪を犯した私。


それを全て思い出したのだ。


だから、私は『俺』と偽った。


私が『俺』であれば、かならず過ちを犯す事は分かっていたから。


そして、必ず全てを失う事が分かっていたから。


私は、幸せにはなってはいけない。


なる事を許されていないのだ。


私は、罪人だから。


起き上がると、キッチンに向かう。


すでに、そこには、彼女がいた。


相変わらず暗い表情をしいている。


原因は分かっている。


私の変化に困惑しているのだろう。


いきなりの変化。


しかも、どこにでもいるような、くだらない男に成り下がった。


くだらない事を言って、くだらない事をする。


どこまでも自分勝手で、周りの事を考えない最低の人間。


そんな私の姿を見て、困惑して、そして、悩んでいる。


「おはよう」


私は、彼女にそういった。


彼女は、驚いたように私の顔を見る。


だけど、すぐに、その驚きは消え、私の顔の事まじまじと見る。


その目はどこか懐かしむかのように見える。


それは、きっと間違いではない。


彼女にとっての本当の『上月聡』と言う人間がいるから。


彼女の知らない昔の『上月聡』ではなく。


彼女にとっての昔の私は異種的存在。


そして、だからこそ、私はそうした。


私は幸せにはなってはならない事を思い出したから。


私は罪を背負っているのだから。


今更ながらに思い出したのが本当におかしいが。


「別れようぜ」


私は、そう切りだした。


今の私は、昔の『上月聡』ではない。


だけど、それらしく振舞う。


以前の自分なのだから、大して難しい事ではない。


それに、今一番気にしなくてはいけない事。


それは、彼女の答えだ。


けれど、そんな事はある程度予測がつく。


彼女は、鈍い。


だけど……


「うん。分かった」


彼女は、私の言葉を聞くと、頷いた。


私は知っている。


彼女が人一倍私の事に敏感な事ぐらい。


だからこの瞬間をきっと予測していたと思う。


私が『俺』に変わったときに。


だから、あんなに暗かったのだ。


来たるべく終焉を思って。


「だけど、一つ教えて欲しいの。どうして、別れないといけないの?」


彼女は、作業を止めると、私へと向き直るとそう尋ねる。


今にも泣きだしそうな顔をしているのに、気丈にも一生懸命にこらえて、私を見据えている。


その想いが胸に痛む。


でも……


「伊緒に会って思い出したんだ。俺がこんな性格になってしまった本当の理由を」


でも、彼女には悪いけど、終わりにするしかない。


私は自分勝手だから。


私は我侭だから。


だから、彼女を傷つけても、私は私のすべき事をしなくてはいけない。


「沙希さんは、少しぐらいなら俺の昔の事を知ってるよね?俺がどんな立場にいたのかは」


私は、彼女に尋ねる。


けれど、それは確認。


彼女は、当然ながらこくりと頷く。


彼女が私の過去を調べていた事ぐらい私とて知っている。


あれだけ、大々的にやっていたのだ。


気付かないわけがない。


「俺は、それが原因で今の性格になった。そう思っていた。いや、そう思い込ませていた。幸せになりたかったから。この手に暖かい想いを掴みたかったから」


初めて沙希さんと出会った時。


彼女と友人として過ごしてきた時間。


その時間のうちに、私は忘れていた。


そして、幸せになりたいと願っていた。


彼女と一緒にいる時間は楽しかった。


だから、気がつけば、私は幸せを願っていた。


自分が戒めていた物を自ら解こうとしていた。


たくさんの友人に囲まれた世界に戻ろうとしていた。


だから、私はあの時、彼女の告白を受けたのだろう。


彼女といる間は楽しかったから。


不安だらけだけど、それでも幸せもあると思っていたから。


そして、幸せになっていくうちに、どんどん忘れていった。


自分のこの身の汚れを。


自分の過ちを。


「だけど、本当は違うんだ。俺がこの性格になった理由はただ一つ。罪の意識からだった」


だけど、過去の事実は変わらない。


今、こうして私が思い出したように。


「俺は、確かに孤独だった。一人だった。だけど、伊緒や千鶴がいた。あいつらとつるんでいると楽しかった。だから、一人ではなかった。高校に入ってからも同じ。こっちに来てからは、友人はあんまりいないし、元々の人見知りする性格で、一人でいる時間が多かった。だけど、それでも、千鶴はそばにいた。だから、一人ではなかった。千鶴だけだったけど、それでも、俺は幸せだったし、こんな性格になる必要はなかった」


今思えば、高校に入ったばかりの時の私の性格は今のような感じではなかった。


そう、今のようになったのは、


「だけど、そんな中で俺は、一つ過ちを犯した。大切だったはずの人を傷つけた。たった一人の友人を傷つけた。大好きだった千鶴。俺は、彼女の心をずたずたに傷つけた。」


高1の秋。


私は、彼女の心をずたずたに傷つけた。


そして、それからだった。


私が今のようになったのは。


強さを求めるようになったのは。


「その償いのために、俺は、今の姿になった。人を拒絶した。傷つける事が怖いから。俺は……人が大好きだから」


そして、それと同時に逃げ出した。


戦う事から。


強さを求めながらも、戦う事を恐れ逃げた。


悲しみと絶望と戦う事を諦めてしまった。


「そして、そんな俺だからこそ、幸せになるわけにはいかない。幸せになる権利は誰にだってある。義務を果たすのならば。幸せを求めて、絶望の渦中でも戦い続けるのならば。だけど、それをしない俺は幸せになる権利はない。例え、傷つける事を恐れて、逃げ出したくせに、その想いと矛盾して、誰かを傷つけたとしてもそれは変わらない。これはある種贖罪だから」


私は、何も求めてはいけない。


それが私が決めた事だから。


千鶴を傷つけた私が唯一できる自分への断罪。


「だから、別れよう。俺はもうこれ以上沙希さんとはいられない。いるわけにはいかない。俺が一緒にいなくちゃいけないのは、沙希さんじゃなくて、千鶴。私は罪人。以前はそれから逃げてしまった。罪の意識に怯えて、千鶴から逃げ出した。だけど、もう俺はそうするわけにはいかない。罪を犯したならば、償わなければならない。その罪を償わない限り、幸せになってはいけない。他の誰でもない俺が俺を許せないから」


私は沙希さんのことが好き。


だけど、それ以上に優先しないといけない事がある。


私は、人の事を蔑視していた。


それは、私が受けた仕打ちのせいだった。


裏切りだらけの世界だった。


昨日までの友人が敵になる事だってあった。


だから、私は人の事を見下していた。


なんてくだらないのだ、と。


だけど、千鶴を傷つけた事で、私は気付いた。


私も何も変わらないのだと。


私もただの人間で、蔑視されるべく存在なのだ、と。


でも、私はそれでいるのは嫌だった。


だから、あの時は逃げ出した。


いや、逃げているつもりはなかった。


自分勝手な思い込みで自分に罪を下していた。


そして、私は他の人間とは違うのだ。


そう思い込んでいた。


けれど、今は、分かる。


そのときの行動は他の人間と全く変わらない事に。


そして、だからこそ、今、変えなくてはいけない事に。


私は幸せになってはいけない。


だけど、罪を償ったら、それは変わるだろう。


あくまでも幸せになってはいけないのは今の私。


未来の私ではない。


「分かった。聡君は罪を償いたいんだね。それなら仕方ないよね」


彼女はそういうと、私に笑顔を見せてくれる。


本当は泣きたいくせに。


目だって真っ赤にしてる。


「でも、私は待ってるよ。私は聡君が好きだから。それは別れたって変わらない。罪を償い終わるまで、私は待つよ」


だけど、それでも、彼女が泣かないのは、きっと未来に希望があるから。


絶望だけじゃないから。


過去の私が感じたものじゃないから。


好きなものを好きだと言えなかったあの頃。


大切な物を大切だと言えなかったあの頃。


あの頃の私は絶望だけしか知らなかった。


目の前にある幸せには気付かず、嘆いていた。


だけど、彼女は違う。


絶望と希望をしっかりと見据えている。


その中でしっかりと現実を見る。


だから、きっとこうしていられるのだろう。


私もそういられれば良かったと思う。


だけど、今更嘆いたところで変わらない。


だからこそ、これからを変えればいいだけの事なのだ。


そして、そのための選択なのだ。


これは。

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