第十話 再び開く真実の扉
部屋に帰ると彼女がいた。
しかも、なんだか機嫌が余りよろしくなさそうに見える。
「ただいま」
俺は、彼女にそういうと、水を飲む。
どうやら、かなり飲んだせいで、のどが渇く。
もしかすると、明日は二日酔いかもしれない。
まぁ、たぶん、大丈夫だろう。
これぐらいなら、前も飲んだ事あるし。
どこでと言われれば答えは一つ。
彼女の実家。
沙希さんのお母さんにしこたま飲まされたときだ。
そのときも、なんとか大丈夫だったから、今日も大丈夫だろう。
「どうかしたの?そんな顔してさ」
それよりも、気になるのは彼女。
どうして、そんな暗い顔をしているのだろうか。
俺は、彼女の事を後ろから抱きしめる。
まぁ、何にせよ、彼女はこうすれば、機嫌は直る。
彼女はスキンシップが大好きだ。
だから、大丈夫だろう。
そう思っていた。
だけど……
「ごめん、私部屋に戻るね。おやすみ」
だけど、彼女は、俺の腕を振り解くと、部屋を出て行ってしまう。
わけが分からない。
どうして、そんな態度を取るのか。
もしかして、嫉妬でもしているのだろうか?
千鶴たちと飲みに行った事で。
だけど、別に浮気とかそういうのじゃない。
俺が好きなのは、沙希さんだし、それ以外に考えられない。
そんな事ぐらい、沙希さんだって分かっているはずだ。
なのに、どうして?
……まぁ、明日になれば、どうにかなるだろう。
時間をかければ、きっと機嫌を直してくれる。
彼女だって、そんなに子供なんかじゃない。
だけど、現実はそんな簡単にはいかなかった。
彼女の機嫌は良くならない。
それどころか、最近はどこかよそよそしい。
抱きしめようとすると落ち着かないようなそぶりを見せるし、キスしようとするとなんだかんだ言い訳つけて拒絶する。
もしかして、これは本格的にやばいのだろうか?
別れてしまうのだろうか?
いや、そんなはずはない。
彼女は、今でも俺を起こしてくれるし、俺のために料理を作ってくれる。
だから、別れるような事になんてなるはずが……
「っ痛!」
途端に頭が痛む。
そういえば、最近ずっと頭痛に悩まされている。
どうしてだろう?
別に風邪を引いているわけでも、身体に異常があるわけでもない。
この前健康診断をうけたばかりだから、大丈夫なはずだ。
いったいどうなっているんだ?
いや、そんな事は別にいいか。
どうせ、考えたって、どうにもなりもしない。
うまく行くときは何でもうまく行くし、うまく行かないときは何をしてもうまく行かない。
なら、諦めて、待っていればいい。
なるようになるものはなる。
今までそうだったのだから、そうだろう。
俺は、目を瞑ると眠りに着く。
相変わらず頭痛を抱えながら。
何もない空間。
初めて来たはずの場所なのになぜか懐かしい。
いや、ここを俺は覚えている。
『おひさしぶりです』
不意に、声がした。
それと同時に、一瞬にして世界が変わる。
砂と海の世界。
それは、とても懐かしい世界。
俺が昔、良くいっていた場所。
俺だけの秘密基地。
そこだ。
『こうして、貴方と向き合うのは初めてですね。よろしくお願いします』
そんな事をぼんやりと考えていると、声の主がさらに続けた。
どこかで、聞いた事があるような声。
とても静かで、穏やかで、その声を聞く者全てに癒しを与える。
そんな感じの声。
俺は、その声の主を見た。
『っ!?』
だけど、それと同時に声にならない悲鳴をあげた。
そこに、いるのは、なんと俺だった。
まるで目の前にあるかのように、そっくりな俺がいる。
『あぁ、やっぱり驚きましたか。まぁ、それも仕方ないですよね』
その目の前にいる自分は、そういうと、おかしそうにくすくすと笑う。
その姿に既視感を覚える。
その姿は、以前の俺が良くしていた姿。
俺が、俺ではなく、私だった頃の姿。
これは、いったいどういう事なのだろう?
そもそも、これはいったいなんなんだ?
『貴方は今とても幸せそうですね。沙希さんと伊緒、そして千鶴をそばに置いて』
けれど、もう一人の俺は、俺の事を無視して続ける。
どこまでもマイペースに語る。
俺は、怖くなった。
今の俺は寝ているはずだ。
ならば、これは夢。
ならば、起きればいいだけの事。
人は夢を夢と自覚するとその瞬間に目が覚める。
そのはずだ。
その証拠に覚醒し始めている。
この世界での意識はどんどん薄れていっている。
もう一人の俺の言葉は聞こえなくなる。
だけど、それを無視するかのようにもう一人の俺は言葉を続ける。
なぜか、その言葉だけは頭に鮮明に入ってくる。
分からない。
何がどうなっているのか分からない。
俺は、耳をふさぐ。
無意味だと言う事ぐらい分かっている。
だけど、そうでもしないと狂ってしまいそうだった。
そう、あの時のように。
え?
あの時のように……?
俺は思わず、呆然とした。
その瞬間に頭の中にもう一人の俺の声が響いた。
『私は幸せにはなってはいけない。だから、私は消えて、貴方を出した。偽者の貴方を。全てを壊し、絶望へと誘う存在の貴方を』
そう、あたかも悲しみだらけの祝詞のように。