第九話 懐かしき友
心の鎧を剥ぎ取った俺は、とても快調だった。
おもしろいように、日々が過ぎていく。
今まで見てきた世界とは全く違う世界へと羽ばたく。
交友関係は一気に広がった。
もちろん、人見知りするのは今も同じだ。
それは、俺の昔からの性格だ。
直るわけがない。
だけど、今の俺にはそんな事は関係なかった。
心の鎧のない俺。
誰に対しても、裸の心で向かい合える。
そして、だからこそ、俺は臆病ではなくなった。
自分自身をさらけ出せる。
それが出来るのだから、もう何も恐れる必要はない。
何一つとして恐れる物なんてない。
今の俺。
それは、たくさんの友人に囲まれている。
今までの俺ならば、確実に考えられなかった事。
決してしようと考えなかった事。
それは、きっと彼女に出会えたおかげ。
沙希さん。
彼女が俺の傍にいてくれた。
だからきっと、俺は心の鎧を脱ぎ捨てる事が出来た。
「乾杯」
ジョッキを片手に、そう声を上げる。
今俺は、飲みに来ていた。
相手は、伊緒と千鶴。
なんと、千鶴もこっちに来ていたらしい。
まぁ、大学まではさすがに同じではなかったが。
なので、せっかくだから久しぶりに集まってみようと思った。
ちなみに、里香は残念ながらいない。
里香だけは、向こうに残ったらしい。
久しぶりに会ってみたいと思っていたんだけど、残念だ。
だけど、まぁ、久しぶりに千鶴たちと会えた事だけでも十分だろう。
「にしても、いまだに続いてるんでしょ?よくもつわねぇ」
全員がちょうど良い具合に酒が回ったところで唐突に千鶴が切り出した。
「それは、俺も思うよ。ホント、彼女も俺のどこが気に入ったのやら」
もちろん、何の事を言っているのかぐらいは予想がつく。
千鶴とはここ数年まともに話してない。
だけど、そんな事関係なしに、お互いダイレクトに心が通じる。
たぶん、こういうのがきっと親友とかいうのだろう。
「伊緒、聞いてよ。こいつったら、めちゃくちゃ可愛い彼女いるんだよ?うちの学校の俗に言うお姫様って奴?」
今度は、彼女は伊緒に絡む。
どうやら、千鶴は酔うと絡むたちらしい。
まぁ、なんとなく千鶴らしいけど。
そういえば、千鶴は変なところで良くぼけていた。
普段はしっかりとしたお姉さんタイプで、いつも俺の事を弟扱いしてたけど、時々突拍子もないぼけをしていた。
まぁ、たぶん、こっちが素なんだろう。
なんだか、それを見てほっとする。
お互い通じ合う心。
それだけじゃない。
以前と変わらずいられることがとても嬉しい。
一度手放したもの。
怖くて逃げ出して、失ったもの。
だけど、今、こうして、俺はもう一度取り戻す事が出来た。
本当に、俺はなんて幸せな人間なんだろう。
どこまでも、幸せすぎるんだろう。
可愛い彼女と心が通じ合う親友。
この二人がいる。
本当に、俺はなんて幸せなんだろう。
「あ、そういえば、そうなんだよね。聡って、絶対彼女とかできそうなタイプじゃないと思ってたんだけどねぇ」
「うわ、何それ。普通にひどいし。」
「あぁ、それは私も思ったわ。こんな男とも女ともつかないみょうちくりんに彼女ができるとは到底思えなかったし。」
「ちょい、千鶴!!そういう言い方はないだろ!!」
「あはは、冗談冗談。怒んないでよ。」
こうやって、悪ふざけばっかりの会話。
中学の時と全く変わらない時間。
それが心の中に染みわたる。
過去の事なんてどうでも良くなる。
今、この時間が幸せならそれでいい。
それを思い出させてくれる。
それから数時間延々と飲み続けていたが、千鶴がつぶれたので、お開きになった。
今、彼女は俺の背中ですやすやと眠りこけている。
隣に伊緒の姿はない。
途中までは一緒だったが、ついさっき部屋の前まで送って別れた。
そして、次は千鶴の番だ。
まぁ、部屋は割と近くなので、助かる。
いくら、女の子とはいえ、やはり長時間になるとつかれる。
彼女の部屋に着くと、伊緒に出してもらった鍵を使って、中に入る。
なんとなく、許可なしに入るのは、嫌だけど、このさい仕方ない。
彼女の部屋はとても綺麗に片付いていた。
そういえば、かなり綺麗好きだったような気がする。
だけど、それ以上に気になるのは、部屋に埋め尽くされるファンシーグッズ。
ぬいぐるみが大量に置いてある。
どうやら、相変わらずのようだ。
なんとなくしっかりとしたお姉さん的な感じのする千鶴。
だけど、変なところでボケる。
そして、それと同じように、可愛いもの好き。
そういうところは俺とそっくりだった。
まぁ、だから、俺たちが仲良くなれたんだけど。
共通のネタがあったから。
いつまでも背負っておくのもしんどいから、俺は、彼女をベッドに寝かせる。
だけど、それと同時に気がついた。
彼女のベッドの脇に置いてあるぬいぐるみ。
ところどころくすんでいて、毛もぼさぼさになっている。
ここに置いてあるものの中で一番古そうに見えるぬいぐるみ。
それは、とても懐かしい代物だった。
確か、それは俺が、千鶴の誕生日にあげたもの。
いろいろと文句を言われ、せがまれ、渋々買ったもの。
当時中学生だった俺は、大して金を持っていたわけじゃないから、本当に安いもの。
手のひら大の小さな猫のぬいぐるみ。
それが、枕元に置いてあった。
俺は、思わず笑みがこぼれた。
きっと、大切に扱ってくれていたんだろう。
だから、こうして、どこも破れる事なく残っている。
本当に、ありがたい。
こうして、大事にしてくれている事が素直に嬉しい。
俺は、グラスを出すと、それに水を注ぐと、
「ほら、千鶴、起きろよ。水だ」
軽く頬を叩く。
まぁ、大事にしてくれたお礼として、世話を焼いてやるのもいいだろう。
感謝の気持ちとして。