Fragment/想起
◆◇◇◇◇
微睡みのなか、私は夢を見ていた。
あやふやな記憶が創るーーところどころが想起できずに、最終的に砂風奇譚に書くのを途中放棄するに至った、ある日の出来事。
不足部分を勝手に夢が補足しているのが推察できる。細かい部分が事実と少し違う、あの日の出来事。
それを、私は微睡みのなかで追体験していたーー。
☆☆☆☆☆●★
私は留置所から裁判のため、警察専用のバスに乗車させられて、裁判が始まる時間まで待機する場所まで連れて行かれた。
横浜地方検察庁内にある房の様な部屋に入れられて、裁判の時間まで、ただただ座って待ち続けることになる。
検察から取り調べのために何度か来ている、留置所よりも厳重な鉄格子で閉ざされている部屋には、見覚えのある人物が先に座っていた。
一目ですぐ、その人とは一度、ここでひそひそ話をしたことがあると思い出せた。
奇妙な動作をしながら話しかけてきた、大麻栽培にょきにょき男だ!
「おっ? きみも?」
大麻栽培にょきにょき男も、私のことを憶えていたらしい。
房に入るなり声をかけられた。
「はい、いえ、あの……二回目の裁判がありまして……ただ、今回で終わるとか聞きました」
訊かれてもいないことまで、べらべらと話してしまう。
これは、いつまでも直らない私の悪癖だ。
「緊張してるの?」
「あ、はい……いえ、十中八九執行猶予がつくのは理解しているんですが、本当に大丈夫かな、と」
顔馴染み、とまでは言えない他人だが、話しやすい雰囲気があり、私は不安な心を打ち明けることにした。
「大丈夫大丈夫、たしか初犯でしょ? 十中八九じゃなくて100%一六三年だよ」
一六三年だったか記憶は曖昧だが、懲役一年六ヶ月執行猶予三年の略称か俗称の言葉を言っていたのは間違いない。
「俺なんてぜったい弁当付かないけど、慣れたら刑務所も苦じゃないよ?」
「いや……あの、僕は留置所にいるのも限界なので、刑務所なんて耐えられませんよ」
そのような雑談を交わしていると、私は比較的すぐに刑務官なのか検察官なのか知らないが、出るように言われ、裁判所に移送された。
☆☆☆☆☆●★
場面は移り、私は両脇に、刑務官なのか警察官なのか区別がつかないが、とにかく二人の男に挟まれながら入廷していた。
法廷に立つのは今回で二度目だ。
警察官や大麻にょきにょき男の話では、普通は略式で一回か、通常裁判で三回行うものだと聞いていたが、私の場合、なぜか一回でも三回でもなく二回だった。
前回、わざわざ覚醒剤を入れた注射器を見せられて、これを捨てても構いませんよねーーといった、返事の選択肢が一つしかないだろうと突っ込みたくなる謎の問答をしたことだけは、強く記憶にこびりついている。
裁判官が「弁護人、どうぞ」と促すと、弁護士が立ち上がった。
これがあることは、事前に弁護士との面会で教わっている。
その回答を一緒に考え、本番までなるべく憶えているように努め、また、予め練習している。
ーーしかし、緊張と焦りから、予習した回答が頭から吹き飛んでしまっていた。
「それでは、いくつか質問します」
「はい」
どうしようどうしよう!?
なんて回答すればいいんだっけ!?
「まず、今回の事件について、覚醒剤を使用したことは間違いありませんか?」
「あ……はいっ」
この程度の問答、アドリブでどうにでもなる!
「覚醒剤を使用するようになった経緯について、簡単に説明してください」
「え、あ、えっと……その……あの、ああ、はい!」
「ゆっくりで構いません」
お金がないから国選の弁護士だが、わりあいやさしくしてくれる。
何て答える予定だったのか度忘れしてしまった。
とにかく、嘘ではなく正直かつ簡潔に話すつもりだった筈……。
「えっと……前々から興味があって、それで……オニオ……掲示板で、売人の連絡先を……あ、やめようとは思ったんですけど……いや、あ、連絡して……」
「そうやって覚醒剤を手に入れて、使用したのですね?」
「あ……はいっ」
テンパっているのを弁護士は察してくれたのか、私が答えに窮しているのを手助けしてくれた。
「現在はご両親と同居していますね?」
「はい! あ、はい……」
「今後も、ご両親と一緒に生活する予定ですか?」
「あ、はい」
会話が苦手になったのか、緊張のあまりからか、何か言うたびに「あ」と言ってしまう自分に腹が立つ。
元々あった性癖だが、覚醒剤乱用最中は少なくなっていたのに……。
「今回の事件について、ご家族にはどのように話していますか?」
「あ……全部、話しました」
「ーーご両親は、今回のことについて何とおっしゃっていますか?」
「えっと……も、もう二度とするな……みたいな?」
質問に対してちぐはぐな回答を続けてしまったが、慣れているらしい。弁護士は表情を変えず、最後に「弁護人質問は以上です」と言い終えた。
裁判官は、次に「検察官、どうぞ」と言う。
「はい」
返事をすると同時に検察官は立った。
こちらは弁護士より緊張感が漂ってくる。
事前練習などしていないのだから尚更だ。
「覚醒剤を使用したのは、今回が初めてですね?」
「あ……えあ、はい」
「覚醒剤の危険性は学んでいる筈ですよね?」
「……はい」
たしかに、検察官が言う通り、学校などで違法薬物の負の面は教え込まれた過去がある。
しかし、同時に違法薬物の正の面も好奇心から調べ知識を身に付けたのだ。
「それにも関わらず、使用した。その理由は何ですか?」
「……あ、興味本位で……自分でも、その、なんでやったかはわからない、いや、あの、よくわからなくてーー」
「ーーよく分からない、ということですか?」
「…………はい」
緊張と逸る気持ちで、まともに答えられるわけないじゃないか!
と叫びたくなる言葉を嚥下し喉から出ないよう努める。
他にもーー。
「犯罪だとわかっていたのに、なぜ覚醒剤を使ったのですか?」
ーー等、いろいろ質問されているシーンが素早く移り変わり過ぎて行く。
検察官の尋問が終わると、検察官は「検察官の質問は以上です」と言い、座った。
ようやく終わったか……そう思っていた。が……。
「それでは、裁判所からいくつか質問します」
と、また始まってしまった。
無意味な詰問に曝されるタイムは、まだ続くのだ。
「現在、覚醒剤を使用したことについて、どう考えていますか?」
裁判官らしき人が問いを投げてくる。
「……悪いことをした、と思います」
正直、捕まったことは後悔しているし、留置所すら耐え難い苦痛だった私にとって、二度と捕まりたくない。
それ即ち、二度とイリーガルドラッグには手を出さないとの誓いを意味する。
だが……。
「反省はしていますか?」
「え……あ、はい……」
反省など欠片もしていない。
あるのは、後悔のみ。捕まったことと、覚醒剤を使い依存したことに対する、後悔以外は微塵も感じられない。
「今後、覚醒剤を使用しないために、何か考えていることはありますか」
「えっと……通っている精神科に相談して……治療して……とにかくもう、覚醒剤を使わないようにします」
「ご両親も協力してくれるということですね」
「……はい」
特に面会で何かを言われた記憶は薄いが、夢のなかの私は弱々しく頷き、肯定を示した。
裁判官が書類か何かを確認する。
と……裁判官は「以上で質問を終わります」と言った。
続けて、締めのなにかなのか、裁判官は私に声をかける。
「被告人、最後に、この事件について何か言っておきたいことはありますか?」
は?
最後に言いたいこと?
なにこれ?
死ぬ前に言い残すことはなにかあるか?
的な含意の言葉?
私は酷くテンパってしまった。
「ああ……えっ……あーっ……え、あう、と、特に、ないですっ!」
なぜか最後の「特にないです!」だけ自信満々といった声量と声色で言い切ってしまった。
裁判官は真顔のまま「分かりました」と返したのであった。
そして……。
「それでは、ここで一旦休廷します」
「判決を言い渡しますので、しばらくお待ちください」
などと言われて、二人の刑務官らしき男と共に一度退廷した。
裁判が終わった……と思ったのに、判決まで焦らされるとは。
「あの……最後、なにもないって言っちゃったんですが、大丈夫ですかね?」
私は不安から刑務官らしき男に話しかけた。
「ん? ああ、大丈夫大丈夫。あれできみの量刑が変わることはないから」
「心配し過ぎだ。顔色悪いよ?」
二人の刑務官から慰められる。
判決は予想できているのに、いざ、となると、どうしても緊張してしまう。
暫くしてーー私は再び入廷した。
裁判官は私に「被告人は証言台の前へ」と促してくる。
そして、緊張感漂うなか、ついに判決が伝えられた。
「主文。被告人を懲役1年6月に処する。この裁判が確定した日から3年間、その刑の執行を猶予する」
ようやく終わった……と思いきや、続いて長々と判決理由が語られ始めた。
夢がさらに朧気になり、その内容は頭に入ってこない。
執行猶予が想定通り付いて安心した。胸が安堵で満たされているからだ。
「被告人は、本件犯行に至った経緯について、覚醒剤を使用することの危険性を十分に理解しているにも関わらず、これを使用したものであり、その責任は軽視できません」
はい。
「もっとも、本件犯行を認め、反省の態度を示していること、これまでに同種の前科がないこと、今後は両親の監督のもとで生活することなどを考慮すると、今回は刑の執行を猶予するのが相当と判断しました」
……はい。
反省は微塵もしていないけど。
☆☆☆☆☆●★
裁判が終わった私は、傍聴席で聴いていた両親に連れられて、車で帰路に着いた。
私は70日以上と、妙に長く留置所に捕らえられてた。
そんな私が釈放されて最初に欲したのは……煙草だった。
たこ焼きの濃さに感動し、牛丼の旨さに感動した私だが、最も感動したのは数十日振りのヤニの一服なのであった。




