客観
1
今日は久し振りにユウスケが家に来るから、晩ご飯奮発しちゃお♪
いつになくウキウキした気分で朝起きた私。あんまり行きたくない大学にも、今日は行きたい気分だ。
私には社会人の彼がいる。大学のサークルで知り合った三つ年上の彼は、去年大学を卒業して念願だった教職に就いた。
彼は子供の頃から学校の先生になりたかったらしく、教員試験に合格したときの無邪気な喜びようといったら、大の大人とは思えないほど可愛かった。そして私も自分の事のように喜んだのを覚えている。
好きなことに打ち込んでいる彼の邪魔をしたくなかったし、何より私が思った以上に学校の先生は大変多忙らしい。小学生とはいえ近頃じゃイジメとか学級崩壊が増え、ユウスケもそんな現代的な問題に悩まされているらしい。
そんな理由もあってか最近は全然会っていなかった。
メールしても電話しても、なんだか気のない返事ばかりだから今日はうんと元気付けなくちゃ。
大学に行って講義中もずっとユウスケの事を考えた。それと今日の晩ご飯も。
そうこうしているうちに講義が終わった。今日作る料理も決まった。カレーにサラダで決まり!
……う~ん、こんなことならもっとお母さんに料理教えてもらえばよかったよ。
でも、私に出来る限りの事をすれば、きっとユウスケも喜んでくれる。そう自分を励まして、料理を作り待っていると、ユウスケが来た。
やっぱり、元気の無い顔をしている。
私はうんと元気付けた。ユウスケは喜んで、笑顔になった。
「ねぇ、こうして二人で寝るのも久しぶりね」
「そうだな……」
「私、ユウスケが大好き」
そう言ってギュッとユウスケを抱き締めると、真っ暗な部屋の中で“ボキャッ”だとか“グギャッ”っていう変な音がした。
「今の何だろう?」
ユウスケからは返事が無い。
「ちょっと、寝ちゃったの?」
すると返事が返ってきた。
「まだ、起きてるよ」
瞬間的に戦慄が走った。
声は真後ろから聞こえる。
抱き締めているユウスケの顔をよく見ると、それは顔ではなく後頭部だった。体だけこちらを向いている。
相手が人間にしろ、幽霊にしろ、気絶して無意識の内に殺されるのが果たして私にとって一番最良の逃げ道なのだろうか。
とにかく振り返る勇気が私には無い。
2
なんだか疲れた……。
俺は鬱にでもなっちまったんだろう。生きることに嫌気がさしてきた。しかも俺をこんなにも精神的に追い詰めたのが、俺より一回り以上年下の小学生達だから尚更鬱が酷くなる。それに加えて、最近はレイカの様子が変だ。俺がこんなに塞ぎ込んでいるのにも拘わらず、念願だったこの仕事に就いてからというもの電話をしてもメールをしても素っ気ない返事しか返ってこない。
もしかして暫く会ってないうちに別の男をつくったのだろうか……。
それとも何かしらの理由で俺を見限ったのだろうか……。
ああ……もう俺は完全に鬱だ。担任をしているクラスは学級崩壊寸前だし、レイカにも見捨てられそうだし、ああ……嫌だ厭だ。
そういや今日は久し振りに会う約束をしていたな……。
憂鬱な仕事を終わらせた俺は足早にレイカの家へと向かった。
ピンポーン。
ドアチャイムを鳴らすとドアが開き、屈託もない笑顔と同時に、とても旨そうなカレーの匂いが俺を出迎えてくれた。だが俺の懊悩はそれでも拭いきれなかった。
招かれるまま席に座りレイカと当たり障りのない事を話した。
グゥゥ。
腹の鳴る音がしてレイカは笑った。
「今料理持ってくるわね」
「ああ、頼むよ」
そういってレイカは台所に向かった。
やっぱり俺の思い過ごしだろうか。レイカの言動をみると俺を見限ったような感じはしない。
カチカチに固まった瘡蓋が綺麗に取れたように俺の心から懊悩が剥がれていくのがわかった。
それからは三人分のカレーとサラダを平らげると俺に迷いは無くなった。
レイカと一緒なら、俺は大丈夫だ。なんて口では言えないから、今まで塞ぎ込んでた分を態度に出すと、今更ながら、レイカと分かり合えた気がした。
彼女とは大学時代からつき合っている。サークルで一目見たとき、運命的なものを感じたんだ。
つい数時間前までの自分が嘘みたいに思えてきた。
俺は、吹っ切れたように勢いよく笑い出す。
「ハハハハハハ」
「キモい……ハハハ」
レイカも一緒になって笑い出した。
次の日仕事で朝早かったが、今の二人に酔いしれたい。なんてクサイ事を思いついたのでその日は泊まることにした。真っ暗な部屋の中、二人で横になっていた。
「ねぇ、こうして寝るのも久しぶりね」
俺は疲れきっていて、夢現の中答えた。
「そうだな……」
「私、ユウスケが大好き」
俺は眠たいのも忘れ、感極まって泣き出しそうになった。が、それと同時に、何の感触も無いまま俺の首は捻じ曲がった。
“グギャッ”
深淵に堕ちていく意識の中、レイカと俺以外の〈第三者の声〉が聞こえた。
2008/11




