08
「太君、特に予定もないなら歩かない? 目的地とかも設定せずにさ」
「いいぞ、いくか」
お互いにしっかり暖かい格好に着替えてから家をあとにした。
「私、年末の静かな感じが好きだなあ、だから家に引きこもっているのはもったいない感じがしてね」
「まあ、わからなくもないな」
「目的地も設定せずにと言っておいてあれだけど私の通っている高校にいこうよ」
「おう」
最初はもっと努力をしておけばなんて考えた俺だがもうそんな考えはなくなっていた。
だからここを見ても学校だなあぐらいの感想しか出てこない、近いことだけはなにがあっても魅力的だがな。
「毬花ちゃんや六車君に会えたのも太君のおかげだよね」
「今回は違うと否定しても意味ないな」
別の高校の男子がどこで知って近づいてきているのか気になっただろうからこれでよかったのだ。
「それは嬉しいよ? でも、太君と一緒に登校したかった、学校でも一緒に過ごしたかった」
「そうしたら元カレと過ごせなくなっていたんだから好都合じゃないか?」
「さ、流石に何回も止めてきていないでしょ、実際にあの喧嘩みたいになったとき以外は私のやりたいようにやらせてくれていたじゃん」
「どうだかな、近くにいたらわからないぞ」
姉に対しては踏み込んだ考え方をすることも多いからそうなっていたらどうなっていたのかはわからない。
「女の子の友達に紹介できたのにな」
「その女友達も紹介されたところで困るだろ」
それならいまからいこっかなどと言い出す前に高校からは離れた。
姉の友達に会うぐらいなら今日も四人で集まれた方がいいということで琢にメッセージを送ってみたのだが当然のように反応してもらえず、かといって三澤の連絡先は知らないから結局は二人きりのままだった。
「あれ、毬花ちゃんからだ、ちょっと待ってて」
結局、二人きりでもどうこうは適当でしかないのだ。
連絡先も交換できていないことがその証拠だと言える、前に聞いたら琢とは交換しているみたいだからその差に悲しくなる。
姉と一緒で出会ったばかりなのは変わらないのに……。
「いまから遊びたいんだって、だから毬花ちゃんの家にいこう」
「誘われているのは姉貴だけだろ」
「太君と一緒に外にいることを教えたら丁度いいって言っていたよ?」
まあ、一人で帰ったらそれこそ悲しい結果になるだけだから付いていけばいいか。
今日の俺は姉に誘われたからその姉に付いていっているだけ、うん、なにもおかしなことではない。
「毬花ちゃーん」
「こんにちは、来てくれてありがとうございます」
「気にしないで、太君もほら」
ほらってなんだ? とは思いつつも最低限の常識として挨拶だけはしておいた。
「そうだ、琢に連絡してみたんだけど反応がないんだ、姉貴でも三澤でもいいから代わりにしてくれないか?」
どうせ女子連中がやれば一発で反応して「いきます」となるに違いないのだ。
その差には悲しくもならない、同性のなんかよくわからない奴に誘われるよりも最初から効果があることはわかっているからだ。
「ん-最近はすぐに反応してくれないようになっちゃったんだよね、前までだったらすぐに見て返信してくれていたぐらいなんだけど」
「姉貴が相手でもそれなのか、重症だな」
ある程度の仲になってから変えたわけではないから琢が悪いわけでもないか、忙しければ反応できないときだってあるだろうからな。
でも、なんとも思っていなさそうな姉ならともかく三澤からのそれにはなるべく早く反応してやってほしかった、気持ちを知っているだけに本人よりも気にしてしまうときがある。
「私のときも同じです」
「じゃあただ待っていても時間がもったいないから三澤のいきたいところにでもいくか――って、なににやにやしているんだ?」
たまに不安定というかバグっているときがあるが急すぎて怖くなるときがあった。
「別になんでもないよ。それで毬花ちゃんはどこにいきたかったの?」
「あ、またお店を色々見て周りたいと思いまして」
「わかった、それじゃあいこっか」
学生にとっては冬休みというところだったから沢山の子どもが来ていた。
カップル……かどうかはわからないが男女の組み合わせも多かったから俺達がどう見られているのか気になったりもした。
まあ、実際のところはそれぞれのしたいことに集中しているだけだからただ視界内に入っただけでなんとも思われてもいないのだろうが、なあ。
姉と三澤だけ見れば姉妹に見えるのだろうか? もしそうならギリ兄みたいにカウントされる可能性もあるかもしれない。
「ちょっと、じろじろ見すぎだよ。私は家族だからいいけど毬花ちゃんのことを見すぎるのはどうかと思うよ?」
「いや、俺達ってどういう風に見えているのか気になってな」
「どういう風にって……どういう風に見られているんだろう? 太君と一緒にいるのが私だけだったり毬花ちゃんだけだったらカップルに見えたかもしれないけど二人いるとなあ」
そこでちゃっかり自分のことも出すあたりが姉らしい。
それに三澤と二人きりだったらカップルよりもただの先輩後輩にしか見られないだろう。
「普通にお友達同士にしか見られないと思います」
「む、なんかそれもちょっと寂しいよね。よし、じゃあ太君と私は手を繋いで歩こう」
「アホなことを言っていないでどこかに寄ろうぜ、歩いているだけじゃつまらないだろ」
商業施設内は依然として服屋ばかりだが全てに興味を持てないというわけでもない。
つまらないとか言っておいてあれなものの、本当は見ているだけでも複数の店舗があってまあそう悪い時間にはならない。
だがやはり一番惹かれるのはフードコートなどのいい匂いが漂っている場所だ。
「あ、これは駄目だね、太君が止まらないよ」
や、そこまでではないが腹がいっぱいのとき以外はやはりいちいち覗きたくなる魅力がある。
多分、ここよりも下の飲食店が並んでいる方にいった方がいいが広い場所で特に制限もなく選べることが大きい。
軽く食事をする程度ならここで十分だ。
「動き出しが遅かったですからね、なにか食べてからでも全く問題ないですよ」
「ん-なら私はうどん……ハンバーガー? だけどクレープとかアイスもいいなあ」
女子的にはやはり甘い物の方に惹かれるか、男の俺でも食べているところを見ると一回だけならとなりそうになる。
ただ、同じぐらいの値段を払うならちゃんと腹がいっぱいになれた方がいいという考えもあってそっちに流れることは少なかった。
「私はお二人が買った物を買います」
「太君太君、なにがいい?」
「俺も合わせるぞ」
「なら私はうどんかなーそれで食後にクレープだ」
それならそれでいい。
ほとんどの席が埋まっていたが料理を確保することも席を確保することも苦労はしなかった。
袋麺を買ってきて自分で湯がいた方が遥かに安いことはわかっていても金を払えばすぐに食べられる楽さには勝てないときもある。
「ぷはあ……暖かいのもあるから動きたくなくなるねえ」
結局、ここから一番影響を受けたのは姉だったという話だ。
軽く入れた程度なら気にならないがほとんどを満たした場合は確かに動きたくなくなるから気持ちもわからなくはない。
それでも嫌な予感がしてじっと見ていたら「うん、動きたくないからちょっと二人で遊んできてよ」とまた急に変なことを言い出した……。
「「え」」
「ごめんね、だけどちゃんと後で付き合うから許してね」
苦労はしなかった分、逆効果なこともあるということだ。
食べ終えたらすぐに帰らないと後から来た客に迷惑になるぐらいには混んでいた方がよかったと言える。
「悪いな、俺と三澤ってこんなことばかりだな。一番求めている人物はなんらかの理由で消えて仕方がなく俺と過ごしているんだから」
「解散になるよりは遥かにいいですよ、それに先輩はちゃんと付き合ってくれますもん」
そりゃ付き合うが本当のところが言われなくてもわかってしまうからこちらが気になってしまうのだ。
「あ」
「ん? おお、琢はこんなところにいたのか。友達といるみたいだけど気にせずに連れてくる――三澤? 引っ張ってどうしたんだ?」
ではない、もうこうしてきた時点でわかっているのに馬鹿だ。
そしてあまり言いたくはないが彼女も微妙だ、頑張らなくても自然と意識して近づいてくれるわけではないというのに。
「楽しそうですし邪魔をしたら悪いですよ、それに叶子さんが帰ってしまったわけじゃないんですからいまはただ時間が経過するのを待てばいいんです」
「なんで敢えて一緒に過ごさないようにしているんだ?」
「……六車君が全然相手をしてくれなくて拗ねているところもあるんです」
「はは、そのまま言ってやれよ」
「で、でも、先輩と二人でも問題ないのは事実ですから」
い、いらねえ、まあ……絶望的に無理ではないことはわかるが……。
やはりわかりやすく差が存在しているということで友達と盛り上がっていた琢を連れてきてしまった、連れていかれる間際に「また月曜日に会おう」なんて呑気なことを言っていたから喧嘩とかにはならないと思う。
「それなら一ミリぐらいは上手くいっていたのかもしれないね」
「た、試していたってこと?」
「そういうわけじゃないけど僕だってなにも気にならなかったと言えば嘘になるよ」
ん? あ、いや確かにここが上手くいってほしいと考えていたがなんか進みまくっているような会話の内容ではないだろうか。
これだと俺も姉もただただ振り回されただけでしかない、姉なんて多分空気を読んで別行動を取ったのにいいのか……?
「少し自信を持てたからこれからは安心してよ、頑張るよ」
「あ、でも、叶子さんは……?」
「実はもう振られちゃったんだよ」
「は?」「えっ?」
え、じゃあ二人してそんなことがあったのに平気な顔をして集まっていたということかよ。
いやすげえな、俺だったら振られた側として表に出して空気を悪くしていたところだ。
あと積極的にどこかにいっていたのはそういうことだったのかと今更ながらに気が付いた。
急に消えていたのはいつも姉がいるときの話で、姉もまたクリスマスのときは気まずかったということなのかもしれない。
外で出会ったのも偶然で、そこから先は三澤が可哀想だからなんとか逃げずに一緒にいた可能性がある。
「本当のことだよ、叶子さんはここにいるんでしょ? だったら本人から聞けばいいよ」
なんか直接聞くのはあれだったからメッセージを送ってみたら『そうだよ』とあっさりと教えてくれた。
まあでもあれか、振った振られたということをほいほいと喋ったりはしないか。
「太樹先輩、いまからは三澤さんと二人きりで行動したいんですけどいいですか?」
「おう、三澤も求めているしな」
「ありがとうございます、あ、だからって太樹先輩のところにいくことはやめませんからね?」
「無理はしなくていいけど来てくれるならありがたいな」
「はい、ちゃんといきますから安心してください」
じゃあ……姉とまた集まって帰るか。
今度は色々と教えてくれるだろうから聞けばいい。
「姉貴」
「おお、すぐに戻ってきたね」
「おう、帰ろうぜ」
「うん、お腹も落ち着いたからいいよ」
で、帰っている最中に教えてくれたが二人が進んでいたことはわかっていたみたいだ。
姉にしつこく言って琢といさせようとしていたわけではないからダメージは少ない。
「あ、六車君を狙っていたとかでもないから勘違いしないでね」
「ならいいことしかないな」
「確かに、これで毬花ちゃんも積極的になれるよね」
もうなにも気にすることはない、関係が変わったらおめでとうと言わせてもらうだけでいいのか。
それよりもちゃんといくと言っていたが本当だろうか……? 琢だけでも来てくれないとすぐに一人になるからなるべく守ってもらいたい、が、確実に邪魔になるからうーんと考えてしまうことでもあった。
「元カレとも戻すつもりはないんだよな?」
「うん、そもそもあの子が求めてこないから」
「そうか」
「そんなに恋人を作ってほしいの?」
「ん-またバグったら嫌だから大人しく家にいてくれる方がいいかもしれない」
あそこでぶつかるまでは戻りかけていたからいつまた同じようになってもおかしくはない。
本人がしたがっているのならともかくとしてそこまででもないのならただ授業を受けて遊びたいときはただ遊ぶぐらいの緩さでいいのではないだろうか。
「ば、バグったってなんのこと?」
あそこから一気に変わったのに無自覚か。
「だって振られてから滅茶苦茶頑張るようになっただろ? そのせいで倒れたから今度はそうなる前に止めたいんだよ」
「あ、あれはただ私が下手くそだっただけでしかないし……ほらっ、いまは協力してやっているから大丈夫だよ!」
「ならいいんだけどな」
となると、こちら側は同じままだから疲れることもないだろう。
もう今年も終わるからさっさと新年を迎えて二年生を終えればいい。
三年になったら就職活動を頑張って後半はのんびりしてやるのだ。
「毬花ちゃんの件は残念だったけど元気を出してね」
「待て、変な勘違いをするな」
「でも、その割には毬花ちゃんばかりを優先していたよ?」
「それは二人が消えるからだ、これから俺は完全に見る側になるんだよ」
「そっか、ならいいことだけだね」
真似をしてくれるな……。
しかも一緒にいるだけでそういう風に見られていたなんてとまで考えて俺が盛り上がるのも同じようなものかと気が付いて残念な気持ちになった。
それでももうこのような事故は起こらないはずだ、これからは三澤も素直に琢を誘うようになるのだから。
「今日は気分がいいから夜ご飯作りを頑張っちゃおうかな」
「それならいつものスーパーで食材を買っていくか」
「うん、帰ったら頑張るよ」
俺もできることはやる。
あとはたまには両親が早い時間に帰宅してくれればいいというところだった。
やはり姉としてもただ自分の分と俺の分を作るよりもやる気が出るだろうからな。




