04
「先輩って不器用、ですよね。心配で心配で仕方がないのになんで敢えてあんな言い方を選んだのかわかりません」
「は……聞いていたのか?」
「はい、ちなみに六車君もこのことを知っています」
後輩コンビもやってくれるものだ。
しかも質が悪いのは時間つぶしのために残っていた放課後のときに言ってきたということ、そういうのは朝に教えておいてもらいたいものだ。
「姉貴にも原因があったかもしれないけど泣かせたあいつが許せないんだよ、だからただ遊ぶだけでもやめてほしかったんだ」
「で、次は先輩が叶子さんを泣かせるんですね」
「や、この程度で泣かないよ、悔しいけどあいつと同じぐらいの影響を与えられないからな」
ま、元恋人と同じぐらい与えられるなどと考えている方が気持ちが悪いからここはそのままでいい。
「意外だったのは叶子さん大好きな六車君が怒っていなかったことです、『たまにはああいうこともあるよ』と終わらせてきました」
「六車は大人なんだよ」
普通に挨拶をしてきたがそれから全く来なかったのがその証拠だ――というのはただの願望、勘違いで元に戻っただけだと思う。
というか、やっぱり姉といられればそれでいいのだから仲良くなれてしまえばこちらがどうなろうとどうでもいいのだ。
いや、寧ろ姉が変な拘りを捨てる分、二人きりで行動できる可能性が高まるから感謝されているぐらいかもしれない。
「あいつあいつって言っていますけど見たことがあるんですね」
「ああ、一回だけ家に連れてきたことがあったからな、六車程じゃなくても高身長でまあ……見た目もいい方だったかな」
「それ、六車君に言わない方がいいですよ」
「多分、知りたければ姉貴に直接聞くだろ」
元カレを知ってどうするのかという話でしかないが。
これからは会っていても会っていなくても全て裏で行われることだから俺はずっと知らないままになる。
なにかが進んだときだけ教えてもらえてそうだったのかと呟いて終わるだけだろう。
「先輩はあくまで普通な感じですけど朝は大変だったんじゃないですか?」
「ただ自分の分は自分で作るだけだったな、顔も合わさなかったから言い合いにもならなかったから疲れてなんかいない。それよかよっぽど放課後になって三澤が仕掛けてきたことの方がダメージがでかいよ、しかも恥ずかしいところを見られていたとなれば余計な」
「ちゃんと仲直りしてくださいね」
「姉貴が求めてくるまではこのままでいいよ」
さ、どこかで時間をつぶしてから帰るか、自分の分だけでいいとなれば早く帰ったところで意味はない。
それどころか姉にとってストレスが溜まることになってしまうのでなんなら帰らない方がいいのが本当のところではあるが流石に帰らないのは無理だからできるだけ時間が経過してからと考えて行動しているわけだ。
三澤が戻るか帰るかしてくれればここでいいのだがいまでもこちらをじっと見てきているだけだからどこかにいくしかなくなった。
「ここかな」
薄暗いが読書をする趣味なんかもないから適当に壁に背を預けて休んでおけばいい。
遅い時間に帰るということは毎日夜更かしをすることになるからしっかり体力を回復させておきたいのもあった。
「時間をつぶしたいのなら私の家に来ませんか? ジュースぐらいなら出せますよ」
「だ、だから付いてくるなよ……」
「今日は六車君もいないのでつまらないんです、なので先輩が相手をしてください」
このままだと完全下校時刻まで付き合いそうな雰囲気があったから結局、帰ることにした。
帰り道は特に会話もなかったが彼女は不機嫌というわけでもなく少し前を歩いていただけだ。
「どうぞ」
「ありがとな」
くれた飲み物よりもソファの柔らかい感触に意識がいっていた。
家にもあるはあるがなんか向こうは硬いからこう……支えてくれる感じが最高だ。
学校から離れる前に床に直接座ったことからも影響を受けているかもしれない。
「ゲームもありますよ、やりますか?」
「ゲームはいいかな、操作方法がわからないからさ」
「やりたいなら教えますけど」
「いい、三澤がやりたいならやってくれればいいぞ」
求めているのは六車だろうに彼女も優しい人間だった。
姉と喧嘩的なことをしている間、これがずっと続くのだと考えると申し訳ない気持ちにしかならないからさっさと終わらせたいところではある、が、すまんと謝ったところで一方通行にしかならないから困るのだ。
また、仲直りしたぞと嘘をついたところで二人は姉と連絡先を交換しているのだから意味もない、それこそ喧嘩状態でもないから確認だって簡単にできるしな。
「六車君と私がいますからちゃんと言ってくださいね」
「はは、三澤こそ六車とのことで困ったら言えよ、俺にだって一ミリぐらいはできることがあるはずだ」
「それならちゃんと六車君と一緒にいてほしいです」
「つ、連れていくじゃ駄目か?」
「はい、だって六車君のところへは一切気にせずにいけますから」
確かに……じゃあ明日はいってみるか。
拒絶されても動いたという事実が大事だろうからな。
「え、別に怒っていませんよ?」
「そ、そうなのか?」
「はい、昨日は何故か友達から誘われる日だったのでいけなかっただけです。それに元カレになんか会ってどうするんだ~というのは僕も同意見ですからね」
やっぱり……そうだよな、会ったところであのときのことを思い出してプラスなことなんかなにもないだろう。
「姉貴が振った側だったらまだよかったんだけどな」
「なので今度その元カレと会う日に尾行しましょう」
解決したのはいいが彼の尾行大好きなところには困るときもある。
だって三ヵ月ぐらい前にもそれこそ三澤を尾行することになったからだ。
幸い、本人に気づかれて問い詰められることはなかったものの、もし気が付かれていないというのがあくまで想像でバレていたとしたら初対面のときの怖いという言葉には――やめよう。
「それ、私も気になるので付いていきます」
「よし、この三人は仲間だ」
勝手に仲間にされてしまった。
二人が姉に気が付かれても「もう……」程度で済ませてもらえるかもしれないがこちらはどうなる? ……大爆発して家にすらいられなくなるところしか想像できないぞ。
「でもよ、どうやってその日を特定するんだ? 直接聞くわけにもいかないだろ?」
そうだよ、ここで躓いている時点で話にならないのだ。
「え、直接聞きますし尾行することも言いますよ?」
「な、なんだそりゃ……」
無敵か、しかもそれで姉が受け入れたとしたら変人かよとツッコミを入れたくなる。
変人であってほしくはないからそうならないことを願っておこう。
「そりゃ今回は叶子さんを見ることが目的じゃないですからね、三澤さんでもそうするでしょ?」
「うん」
「というわけで、そっちは僕達に任せてください、瀧本先輩は当日にちゃんと付き合ってくれるだけでいいです」
つ、付き合いたくはないが仕方がねえ。
二人はよくしてくれているのに俺だけなにもしないなんてことはできない。
それでもすぐにそのときがきてほしくなくて毎日願い続けていたのに駄目だった、なんなら人生で一番早く感じた。
「お、随分とお洒落な格好をしていますね、まるでデートみたいだあ」
やっぱり忘れられないのか……? 俺から見ても気合が入っていると一目でわかるから複雑な気持ちになる。
「お、来たみたいですね」
「結構、格好いい人かもしれない」
「お、三澤さん的にいいみたいだね」
「い、いや私は……」
前よりも身長が伸びていていまでは六車にだって負けていないかもしれなかった。
あと距離が近いのも変わらない、もうあのときと違って付き合っているわけではないのだからもう少しぐらいは考えるべきだと思う。
「なっ、簡単に頭を撫でたぞ……」
「六車君は真似しない方がいいよ、勘違いしちゃう子が出てくる可能性があるから」
「簡単に触れたりしないよ」
まあ、こそこそしているのもあってこの二人の距離の方が近いからなんか落ち着けた。
姉なら上手くやるだろうし二人が満足するまで付き合って帰ればいい。
問題なのは金を使わずにどうやって外で時間をつぶすかということだ。
「いきなりコーヒーが飲めるお店に入りましたね」
「なんか大人のデートを見ているみたい」
ならこの二人は子どものデートか? 甘い雰囲気なんか微塵もない。
三澤に勇気があればこういうのを利用して仲を深めるのだろうが遠慮をして俺のところに来ていたぐらいだから期待はできなかった。
別に俺としては目の前でイチャイチャしてくれるぐらいでいいんだがな。
「喉乾いてきたかも」
「それならこれをあげるよ、まだ開けていないから安心して飲んでね」
「あ、ありがとう」
うん、俺が馬鹿だった。
今更ながらに恥ずかしくなってきた、元カレと必死に会わせないようにしたことも不味い。
ただ? 俺が喧嘩的なことをしていなかったらこの時間があったかどうかもわからないからなんとも言えない気分になる。
「ねえ六車君、もう満足できたから他のところに遊びにいかない?」
「ん-そうだね、もう目的は達成できたわけだからね」
「ゲームセンターにいこうよ」
「わかった、じゃあちょっと待ってて」
なんだ? と考えている間にもポチポチスマホを弄ってなんらかのことをする六車。
だが少し経てばなにをしているかなんてすぐにわかった、余計なことをと言いたくなる件だったがな。
「一応聞いておくけど俺は付いていくべきなのか?」
どちらからでもいいから「二人きりでいいですか?」と聞いてこい、嬉々として帰ってやるぞ。
「当たり前じゃないですか」
「なんで三澤もそうなんだ……」
それなのに結果はこれでがっかりだ、なにががっかりって二人でいたいであろう彼女が止めてくるのが一番、な。
「だって私達は仲間じゃないですか、ちゃんと最後まで付き合ってください」
「……わかったよ」
ということで尾行よりも気が進まないが付いていくことになった。
自然と二人が盛り上がるようになっているのはいいものの、その度に邪魔なのではないかというソレが強くなって駄目だった。
「ただいまーっと、まだここにいたのか」
「うん」
両親かと思ったが違った、そこにいたのは姉だった。
とりあえずなにか作って食べようとしたら「やらせてよ」と言われたので聞いて大人しくしていることにした。
いやもう既に冷えているからこれ以上、別の理由で色々なところを冷やしたくなかったのだ。
「途中で帰られちゃったらなにも変なことはないってわかってもらえないじゃん」
「はは、俺もそうだけど熱しやすく冷めやすいんだよ」
姉に関しては中途半端でも二人のときはやはり違う、どっちも楽しそうだ。
俺がいなかったらそれこそ踏み込んでいてもおかしくはないぐらいには仲良しだから時間の問題だと思う。
「違うよ、毬花ちゃんと六車君が二人で楽しもうとしてもいいけど太君がいてくれなかったら意味がないでしょ?」
「でも、俺にわかってもらうために集まったわけじゃないんだろ?」
「それは……どうだろうね」
「はは、なんだよそれ、自分のことなのに曖昧だな」
しかし……どうしてこう普通に話せているのかね? これだと距離を作っていたのが馬鹿みたいだ。
「というか……早く帰ってきてよ。どうせ顔を合わせることになったら私のストレスが溜まるとか考えているんだろうけど太君といられないことの方がストレスだよ」
「よくわかっているんだな」
「好きな弟のことだからね」
好き、好きねえ。
休日とはいえ、少し夜更かしをすることになってテンションがおかしくなっているのかもしれない。
「よし、これで仲直りでいいよね? じゃ、今日は一緒に寝よう」
「なら布団を持っていくよ」
「ううん、私がそっちにいくから大丈夫」
「そうか、じゃあ食べて風呂に入ってからだな」
喧嘩して仲直りとなったときは必ずこうしてきたから違和感はない。
それでももう高校生だしいいのか……? と考えるときはある。
でも、結局は受け入れてベッドと床とはいえ一緒に寝ているわけだから――これ以上はやめておこう。
「今回は一番短かったかも、太君が酷かった点は過去最高だけどね」
「だってなにもできないから、泣いているところをもう見たくないんだよ」
「太君のせいであの日、泣いたけどね」
「み、見ることにならなければセーフだ」
「太君は駄目だね」
家族なのだからそんなことは最初からわかっていることだろう。
まあ、こうなったところでなにが変わるわけではないから朝までは一瞬だった。
「姉貴起きろ」
「……おはよう」
「おう、朝は俺が作るから夜は頼むわ」
「うん、平日もまたこうしてやっていこうね」
そうだな、しょうもないことで体力を消費している場合ではないからな。
とはいえ、今日はまだ休日だから朝に使っておくぐらいがいいのかもしれなかったが。
あまりに動いていないと夜に寝られなくなるときもあるのだ。
「あ~あ~うん、なんか急に歌を歌いたくなったからカラオケ屋さんにいこう」
「急だな、暇だからいいけどちゃんと暖かい格好をしろよ?」
「うん、風邪を引いたら嫌だからね」
それなら……いくか。
姉の前でなら恥ずかしいとかそんなこともないから歌えるだけ歌ってこようと思う――と考えていたのは家から少し離れたところまでで、当たり前のように参加してきた二人の存在によって歌う気がなくなった。
それでも払い損というわけではない、飲み物やアイスなんかは飲んだり食べたりし放題だからそちらを楽しんでおけばいいだろう。
入る直前に「仲直りできてよかったですね」と三澤が言ってくれたから礼を言っておいた。
「なんか瀧本先輩と三澤さんって怪しいですよね」
「どこがだよ、この前あんなに二人で楽しそうにやっていただろ」
「あれは三澤さんが大人で合わせてくれただけですよ」
なにが不満なのか一時間はずっと難しそうな顔をしていた。
それこそ三澤が大人なだけだから心配するだけ無駄だった。




