03
「こんにちは」
「おう」
俺の周りの人間はなにを求めているのかがはっきりしているからそこで疲れることはない。
同じようにジュースを買って少し飲んでから「先輩のお姉さんは美人さんでした」と言った。
「六車君が惹かれるのも無理はないと思います、私でも男の子だったら同じ選択をするはずですから」
「諦めるのか?」
「はい、とは言えませんよ、流石に存在しているだけで簡単に諦められたりはしません」
俺は同じ状態で追えないからすげえなと褒めるしかない。
「今度、付き合ってくれませんか?」
「おう、六車には言っておくから任せろ」
「別に二人きりでいいんですけどね」
「え、なんで?」
「あなたのお姉さんを見たいからです」
姉を見るために大して知らない男と行動するぐらいなら六車と過ごした方がいい。
だが、そう言ってみても聞いてはくれなかったから土曜に家に連れていく約束をした。
これなら姉とどこかに出かけて最後に飲食店にでも寄ってきた方が遥かにいい時間となる。
謎の拘りで二人きりで出かけてきてくれと頼んだところで姉も聞いてくれないだろうし……。
「いいよ? 六車君と二人きりで長時間遊ぶよりは自然だよね」
「え、は、いいのか?」
「うん、それに一度見たことがあるから怖いこともないから」
ということで言った者勝ち……? な状態になった。
だからこそ謎の拘りが~(笑)などと考えたことが恥ずかしくなって部屋に逃げたが。
「ずるいですよ!」
「えっと、俺じゃなくてあの女子がって話だよな?」
「そうですよ!」
いちいち教えなくてよかったか、これも俺の失敗だ。
「僕だって最大一時間ぐらいしか付き合ってもらったことがないんですよ!? もうこうなったら瀧本先輩っ、尾行をしましょう!」
「やめておけって」
鋭いからバレたときに面倒くさいことになる。
家族の俺でもそうなのだから興味を持ってもらいたい彼からしたらかなりのマイナスダメージになるだろうから止めておかなければならない。
というか、こういうときに止められないのなら敬語なんか使わせないぐらいの方がいい。
「あーその日に大してやることがないならどこかにいかないか?」
「お、どこに連れていってくれるんですか?」
「え、あ、いいのか?」
「はい、瀧本先輩から誘ってくれるなんてこの先、何回あるかわかりませんからね」
ふぅ、やっぱりいい後輩ではあるんだよなあ。
「じゃあ……気になっている映画があるからそれを観るか」
「いいですね! それじゃあ土曜日によろしくお願いします!」
当日に聞かれるのも面倒くさいから今日の内に言っておくことにした。
「え、羨ましい、なんで六車君ばかりを優先するの? あ、もしかして……」
「あー姉貴があの女子と出かけるって話をしたら羨ましいから尾行をするって言ってきてな、それを止めるために頼んでみたら言うことを聞いてくれた感じだ」
もしかしたらってなにもない、あくまであんたが目的だろうにこの姉ときたら……。
それこそ俺が頻繁に誘うような人間だったらこうなってすらいなかったからな、まず話にならないのだ。
「ん-なら四人で行動すればよくない? 毬花ちゃんって私のことが見えていればいいんでしょ?」
「ならさっきので送っておいてくれ」
「えへへ、言ってみるものだね。わかったっ」
六車にもこのことを教えておいたら意外にも『別に瀧本先輩と二人だけでよかったんですけどね』と素直ではなかった。
姉ばかりを優先しやがってとか拗ねているわけではないのだから気にしなくていいのに後輩も変なことをするものだ。
まあ、土曜日まではまだ時間があるから変なことを企んでいたとしても吐かせればいいかと片付けて寝た。
「おはようございます」
「おう」
朝に一緒にいるなら彼女ぐらいの静かさがいいかもしれない。
「四人を選んだのはお姉さんですよね、やっぱりお姉さん的にも六車君といたいんでしょうか?」
「実際は俺が六車と集まるって話をしたら羨ましいって言い出しただけなんだ」
あ、だからこの言い方だと彼女からすれば六車に会いたくて参加したがっているように見えてしまうか。
難しいしもし姉が六車を好きになった場合はそちらを応援するつもりだからどっちにしてもこういう話題は避けたいところだったりもする。
「あ、それは駄目ですよ、そもそも先約は私じゃないですか、先輩がいてくれないと始まりません」
「え、だって最初の約束は家まで連れていくって話だっただろ? だから家で姉がいてくれればそれだけで――」
「駄目ですよ、先輩もいてくれないと気まずいです」
だからそれこそ六車と彼女と姉の三人で集まってサポートをしてもらうとかにすればいいのに変なことをする人間達だ。
とはいえ、なにも予定が入っていなかった六車を誘ってしまったのは俺だから彼女達だけが悪いわけでもない。
「ま、まあ、もう姉の中では四人で集まる話になっているから意味もないんだけどな」
「映画館にいこうとしていたんですよね、四人になってもそのままいけばいいですよね」
「おう、頼むわ」
「いえ、こちらこそよろしくお願いします」
余程のことがない限りは姉が離脱することもない。
だからもう誘えた時点でなにも問題も起こらずに終えられることが確定しているようなものだった。
「楽しみですねっ」
「なあ、さっきも言ったけどどうして俺の隣に六車なんだ?」
離れることになったから仕方がないと言えば仕方がないのだが敢えて俺の隣である必要はない気がする。
どちらにしろ二人ずつ座れたのだから姉がこっちに座ればよかったと思うが。
「だって僕は瀧本先輩と約束をしてここに来ていますからね」
「すぐに四人でに変わっただろ?」
「関係ありませんよ、始まりの通りに僕は動くだけです」
まあ、いまから移動するのも迷惑でしかないからいいか。
「お、始まりますね」
映画の方は俺が気になったやつを見ているから約二時間の間、退屈な時間とはならなかった。
身長もそこまで高いわけではないから窮屈でもなかった。
「ん-内容はよかったんですけどもう少し広ければよかったんですけどね」
「そこは仕方がないな、六車が大きすぎるんだよ」
「僕なんて大したことないですけどね」
本人からすればそうかもしれないが俺からすればはっきりとでかい。
なら女子組からしたらそれはもうな? そういうところもいいって彼に興味を持っているあの女子も言っていたしな。
「先輩……叶子さんがいたずらをしてきて疲れました」
「はは、もう名前で呼ぶようになったんだな」
「はい、すぐに許可してくれましたよ――じゃなくて叶子さんって誰にでもこんな感じなんですか?」
「そうだな、特に後輩の女子とか大好きだからな。だからほら、にこにこして見ているだろ?」
「もう叶子さんと二人きりで行動するのはやめます……」
大好きでも距離感を見誤っていきなり踏み込みすぎることはなかったのにどうした。
やはり普段から抑え込んでいるだけであのときから壊れてしまったのだろうか、あのにこにこしているのだって本物には見えなくなる。
それとも、姉にとって特別だからか?
「さ、瀧本先輩の次のいきたいところはどこですか?」
「映画だけで満足したよ、だから次は三人のいきたいところにいこう」
金を使うところでもいいからなんでも出せばいい、ちゃんと付き合う。
「私は合わせます」
「私も」
「それなら……飲食店ですかね、さっき映画の中で大きなハンバーガーが出てきて急に食べたくなったんです」
「いくか」
大体、休日は混んでいるがそれはどこも変わらないから待てばいい。
目の前で売り切れてしまうなんてこともないから安心していられる、それにこれも久しぶりでワクワクしている自分もいた。
ただ、値段も既に映画を観た身としてはそれなりにビッグだから一番安いやつにした。
そこまで入る方ではないからこれでも十分足りる、女子組も安さ重視というか軽さ重視で選んでいた。
「美味しいな」
「ですよね、でも、いざ実際に食べてみるとこんなものかって思ってしまいますよね」
「はは、難しいな」
俺の方は特に不満もなかった、なんなら帰ってから姉がご飯を作らずに済んでよかったと――姉のことが好きすぎだろ俺……。
よくない感情を持っていたとかそういうことではないから勘違いしないでもらいたいところだ。
そもそも、昔は優しいがいつも外にばかり意識を向けていたから家族でもそこまで家族という感じがしないぐらいだったし……。
「そんなにじっと見てどうしたの? ポテトならあげないよ?」
「これだけで十分足りる」
食べ終えたら少し空気が読めていないかもしれないものの、先に外に出た。
いまはこの冷たい空気もいい感じに働いてくれる、この気持ちの悪い状態はみんなが来る前になんとかしなければならない。
とまあこんな感じで姉も俺も少し歪んでいる状態だった。
「もう、先に出なくていいでしょ?」
「悪い、それよりここからどうする?」
「六車君の家にいこうって話になったよ、美味しいお菓子があるんだって」
「そうか」
六車は俺らの家にばかり来ていたから上がらせてもらう側になるのは新鮮だ。
ここからは距離もそうないから楽でいい。
「じゃ、ゆっくりしてください」
「はーい」
新鮮だとかなんとか言っておきつつすぐに外に出た変な奴がいる。
段差に座って花を見ていた、これは先程の一人でいた時間よりも効果がありそうだ。
「先輩」
「冷えるから中に入っておけよ、それにいつだって付き合ってもらえるわけじゃないんだから姉貴を見ておかないともったいないぞ」
見たところで姉貴だなあという感想しか出てこないが。
ま、あくまでそれは俺から見たらであって彼女からしたらどうかはわからないか。
「自己紹介をしていなかったことを思い出しまして」
「別にこのままでいいけどな、特に不都合なこともないし」
「三澤毬花です、ちゃんと覚えてくださいね」
戻ればいいのにそのまま横に座って「寒いなあ」なんて呟いている。
みんな意地を張っているだけか、疲れるだけなのによくやるよと棚に上げて言いたくなる。
「怖いのは先輩じゃなくて叶子さんでした、初対面のときはすみませんでした」
「姉貴はなにも怖くなんかないよ、あと俺のことをまだわかっていないだけだ」
「なら先輩はどういう風に怖くなるんですか? もしかしてがばっと襲われてしまうとか?」
「好きになったらあり得るかもな」
「好き同士なら仕方がないですよ、寧ろ私の方からくっつきます」
勝手な想像でしかないが相手に頑張らせているところは想像できないからわかる気がした。
もちろん、勝手にわかった気になるのは危険だから口にしたりはしない。
だから違うことを、そもそもこの状態ではどちらの約束も果たせていないことになるからおかしなわけではない。
「いいのか? 六車と二人きりにして」
「はい、そもそも休日にこうして集まれている時点でありがたいことですからね」
「違うか、俺が戻ればいい話だよな」
「あれ、それだと私が先輩といたくて出てきたみたいになっちゃうじゃないですか」
面倒くさい絡みはスルーして中に戻ると爆睡している六車とポチポチスマホを弄っている姉がいた。
なんだこれ……甘さなんて一ミリもない。
いやまあ、彼女がいるところではやめてやってほしいからありがたいことではあるのだがしかし……。
「あの子から久しぶりに連絡がきたの」
「振ってきた奴の連絡先をまだ登録していたのかよ」
「仮に解除していたとしても私の方はずっと変わっていないからわかるよ」
あれだけ泣いて変になったくせによくやる。
「また会いたいとか言われても断れよ」
「え、会うのは別じゃない?」
「はあ? 会ってどうするんだよ、普通に友達みたいに仲良く遊ぶのか?」
姉のことだから無理やり笑みを浮かべたりはせずに心から楽しむのだろうがなんか違うだろ。
今更になって連絡をしてくるぐらいなら振るなよと言いたくなる、泣かせておいてよくできたなと言いたくなる。
まあ? 姉が振られたときに抑え込んだところも悪いと思う。
でも、泣かせたのにへらへら笑って近づいてきたらむかつくだろ。
「それはそうだよ、別にまた……付き合いたいとか思っているわけじゃないし」
「やめておけよ、遊ぶにしても高校の友達とかにすればいいだろ。同じ高校の友達以外ならここにいる六車とかもいるんだからさ」
「遊ぶぐらいは普通にするよ」
本人がこの調子では話にならない。
こんなことで感情的になる結局、気持ちが悪い自分を直視することになってテンションが下がったから帰ることにした。
ちゃんと約束を守れていないから二人には悪いが空気を悪くする存在が残り続けるよりはまだいいだろうと開き直っていく。
「なんでいきなり不機嫌なの?」
「不機嫌じゃない」
仮に本当にその通りだったとしてもよく聞けるなというそれが強い。
「なにか変なことになったりはしないよ、それに太君は家族だけどこの件は関係ないでしょ?」
「関係はある、踏み込みすぎてまた失敗をして泣かれても面倒くさい」
いまは両親も帰宅時間がいないから静かな家でそんなことをやられたら困るのだ。
「え、酷いよ……あのときもそんな風に思っていたの?」
「本人の前ではにこにこ笑って隠して裏では泣いているなんてアホだろ」
家族には隠しておくぐらいでいいのに変なことをする。
無理やり抑えて離れたところで相手は一生気が付かないままだ、だから大して考えずに連絡なんてできるのだ。
で、大して考えもせずに遊びであっても付き合ってしまう姉がいるからこんなことになっている。
「太君の馬鹿っ、そんなに酷い子だとは思わなかった!」
「おう」
「もう知らないから!」
ま、それ以上に馬鹿な俺はそうなったときよりも面倒くさい状態になったことに後から気づいたわけだが。
それでもなんとかなるだろと適当に片付けて歩き始めた。




