97.何を選ぶか、私が口出ししてはいけない
夕食会で出た提案に懸念を示したのは私、賛成に回ったのがエック兄様とクラウス、叔父様だった。立場を保留したルヴィ兄様は、もう少し考えたいと答える。私も反対ではないの。
デーンズ王の攻撃は、アルホフ王国から見たら宣戦布告に等しいわ。内々の会合とはいえ、赴いた自国の王を襲撃された事実は覆らない。腹を立てるのが当然だし、国の面子を考えてもデーンズ王国と戦う理由があった。
「ヴィクトーリア様は、お優しいですね」
表宮から中の宮へ向かう廊下で、クラウスが穏やかな声で語りかけた。手を預けて並んで歩く彼を見上げる。突然、どうしたのかしら。
「アルホフ王国の民を心配なさっているのでしょう? 王を殺されたことに、憤るのが民です。リヒター帝国でも同じことが起きるはず。隠されて、すべてが終わった後に知っても……取り返しがつきません」
少しだけ視線を伏せて告げられた言葉に、私は息を吞んだ。立場を入れ替えて想像すればいい。お兄様達に不幸があって、私は何も知らずに泣くだけ。でも後になって「実は」と真相を知らされたら? どうしてもっと早く教えてくれなかったのか! そう抗議するでしょう。
アルホフ王国が戦いの道を選ぶか、賠償を請求するか。はたまた別の道を模索するのか……選ぶのは私ではなく、彼ら自身だった。勝手に私が決めて押し付けるなんて、冒涜だわ。彼らにも選ぶ権利があり、知る義務があった。知る権利ではない、課せられた義務なの。
一国の王が謀略で殺害され、その真相を他国が操作して隠したら。私なら相手国を絶対に許さない。
「そうね。彼らの権利と義務を侵害するのは、私の権限ではないわ」
謀略、策略、様々な知恵を巡らして戦うのは仕方ない。私は民を死なせたくなくて、そのために選べる道に進んだだけ。アルホフ王国の当代王や貴族、民は自分たちで選択するでしょう。
「叔父様に連絡して頂戴。覚悟が決まったわ、と」
「承知いたしました」
「それと……ありがとう、クラウス。愚者にならずに済んだわ」
私に意見してくれる人がいるのは、幸せなことね。滅びた国々の王のように、独りよがりの愚者になる心配が減るもの。微笑んで彼の腕に寄り掛かった。繋いだ手を解いて、腕を絡める。少し歩きにくいけれど、こうしていたかったの。
「お役に立てたなら、幸いです」
臣下の口調を崩さないクラウスの微笑みに、ちょっとした悪戯心が芽生えた。
「クラウス、私を呼んでみて」
「ヴィクトーリア様」
「そうじゃないわ。トリアと呼びなさい、命令よ」
皇族としての命令と突きつければ、クラウスは瞳を大きく見開いた。表情が一瞬固まり、春の雪解けで綻ぶ蕾のように柔らかく動く。仕掛けたのは私なのに、見惚れてしまった。
「トリア様、感謝申し上げます。親しげに呼ぶ皆様が羨ましかったのです」
どきどきして苦しい。顔が赤くなるのがわかって、混乱しながら顔を逸らした。でも頬だけでなく首も赤いでしょう。バレているのを承知で、顎を反らす。
「っ、婚約者でしょう? 当然の権利だわ」
「では、モーリス殿も同じように?」
「いいえ」
彼には呼ばせなかった。私の愛称が「ヴィー」でない理由は、皇族特有の慣習があるから。本来なら、私は「ヴィ」の響きを使えない末娘だもの。ガブリエラ様が名前を確定しなければ、全く違う名を与えられたでしょう。
畏れ多いと名前の変更を申し出た亡きお母様が、せめてもと「トリア」の愛称を使った。いつしかお兄様達もそれに倣う。今になれば、トリアの響きは私を示す大切な宝だわ。私が大好きで、私を愛してくれる家族が使う愛称だもの。クラウスにも権利がある。
「醜い嫉妬でした」
詫びる口ぶりで、クラウスは眉尻を下げた。ずるいわ、そんな顔をされたら何も言えなくなるもの。




