93.麗しの殿方を左右に並べ
せめて夕食をご一緒してから、とお願いしたのにガブリエラ様は首を横に振った。わずかな時間も惜しいそうよ。何か違う情報を掴んでいるのか、それともあの方の勘か。どちらかといえば後者のような気がする。
不思議な能力を持っていても、不思議ではなかった。お見送りをしたところへ、叔父様の馬車が到着する。入れ替わりで顔を見せた叔父様を、夕食にお誘いした。ガブリエラ様の分がそっくり回せるわ。
「義姉上が砦を守るなら、アディソン領方面は問題ありませんね。こちらも報告がいくつかございますので」
人前では、穏やかな大神官の顔で振る舞う。叔父様の演技は堂に入っており、仮面のように崩れなかった。家族だけになると口調だけでなく、表情や態度まで変わるの。この方なりの信頼の示し方なのでしょう。
「ローヴァイン侯爵殿、先日はありがとうございました」
何かしたの? まだ正式な陞爵の儀を行なっていないから、肩書きは侯爵のまま。クラウスは笑顔で一礼した。
「神殿のお役に立つことは、神々への信仰の証です。今後もご期待ください」
私に内緒でやり取りしたのね? でも聞いたら、二人とも教えてくれそう。必要になったら尋ねることにしましょうか。
「クラウスはここ、叔父様はこちらへ」
婚約者として右側に立つのはローヴァイン侯爵クラウス、空いた左腕を預けるのは大神官のウルリヒ叔父様。すごい贅沢だわ。二人を連れて歩き出し、思い出して足を止めた。化粧直しの際に、ジルヴィアの顔を見ようと思っていたのよ。
「先にジルヴィアに会ってからでいいかしら?」
「もちろんです」
「祝福も授けましょうか」
承諾した二人を連れて、中の宮へ入る。東側の私的スペースに入ると、絨毯や壁紙の色が変わった。それぞれのスペースが一目瞭然で、私は好きよ。好みが反映された廊下から、子供部屋へ入った。
中央付近に置かれたベビーベッドは、二重柵になっている。子供の成長に合わせて、内側の柵を外へ移動させる仕組みなの。まだ寝返りを打つ前のジルヴィアは、じたばたと手足を揺らす程度。うつ伏せになると危険なので、柵を狭くしている。
お兄様達から私まで、四人の皇族が使用したベッドよ。思い出にとお父様が保管させたベッドを、借りてきたの。専用のベビーメリーが、しなった竿の先で揺れた。
「ジルヴィア、未来のお父様と大叔父様よ」
声に反応したのか、にこっと笑顔を作った。人の真似をする反射だと医者は言うけれど、可愛いし癒されるわ。あぶぅと手を伸ばす。触れれば、指先をきゅっと曲げて握ってきた。しばらく触れ合って、クラウスも恐る恐る髪を撫でた。私と同じ銀髪のジルヴィアは、嫌がることなく大人しい。
叔父様もそっと触れて、額の上で祝福を与える文言を口にした。これは一般的な礼拝などで頂ける祝福だった。神官が行うことが多く、叔父様は滅多にしないわね。
「よかったわね」
きゃっきゃと笑い声に似た響きで、ジルヴィアは体を揺らす。勢いを利用して、そのうち寝返りを打ちそう。乳母アンナは育児経験があるから、もう気づいているかも。エリーゼに促され、軽く化粧を直しに向かう。クラウスと叔父様は、ジルヴィアと待っているみたい。
粉を叩き、色を載せ直し、簡単に直した。夕食後は入浴で全部落とすのだから、それなりに整っていればいい。エリーゼはその意見に首を横に振った。
「お嬢様は未婚の皇妹殿下です。私室から一歩出られたら、常に帝国女性の頂点に立つ美しさを保っていただきたいですわ」
「あら、ガブリエラ様より?」
「皇太后陛下は、お化粧より剣ですから」
間違っていないわ。大笑いで、化粧直しの邪魔をしてしまった。殿方を二人も待たせているから、急がないとね。