92.なぜ宣戦布告が今なの?
美味しくタルトを頂き、中庭へ出た。先ほどペン先のインクも落としたし、今日は仕事を続ける気はない。クラウスを夕食に誘い、了承も得た。晩餐会ではないから着替えないけれど、化粧直しの合間にジルヴィアの顔を見て……。
予定を立てると崩れるのはどうしてかしら? 嫌になるようなタイミングで、伝令が入った。
「デーンズ王国が宣戦布告?」
デーンズ王が動いた。いくつか仕掛けをしたけれど、どの効果が出たのやら。以前の国力差なら、それなりに善戦が期待できたでしょう。ブリュート王国が陥落する前ね。四つの王国の軍事同盟が機能していたら、我が帝国も本気で戦った。
でも……ブリュート王国は内戦で崩れ、アルホフ王国は自らの手で放棄した。アディソン王国が帝国領になった今、単独で戦うことになるわ。デーンズ王国対帝国と六つの王国よ。大陸中を敵にまわし、宣戦布告するなんて。
座して死を待つよりマシ? それは王族の言い分よ。民にしたら、戦いに意味はない。家族が奪われ、戦場で殺され、生活が苦しくなる。さらに食糧や家財も接収される可能性があるのに、支持するわけがなかった。
「……愚かね」
平和に王権を奪う方法を考え、公爵家を焚き付けたのに。その前に動くだなんて、無能すぎるわ。目の前に咲く、小さな紫の花へ触れた。花びらが揺れ、ぽろりと首が落ちる。不吉な花と称されるけれど、潔くて私は好きよ。
首が落ちる時には、このくらい潔くいきたかった。見苦しくしがみついて後世まで汚名を残すよりいい。足元にはいくつもの花が落ちていた。風が吹いても落ちる花は、愛らしい外見と似合わぬ花言葉を持つ。
『自業自得』だなんて、デーンズ王にこれ以上なく相応しい。やや俯いて、まだ残る花を指先で弾いた。
「ヴィクトーリア様?」
微笑んだ私の表情に、クラウスが疑問の声を投げかけた。宣戦布告されて笑うなんて、ガブリエラ様みたいね。口元を引き締め、顔を上げた。
「ごめんなさいね。お誘いしたけれど、夕食は作戦会議に変更よ。そのつもりで参加して頂戴」
「……私が参加しても?」
「私の夫になる男が、帝国の一大事に動かないつもり?」
問い掛けに、わざと質問で返す。クラウスは大袈裟に深く頭を下げた。まるで道化の仕草のよう。後ろに引いた爪先が、こつんと小さな音を立てた。
「これは失礼を。私の全力で協力させていただきます」
「頼りにするわ」
エスコートの手が差し出され、踵を返す。伝令はすでにエック兄様のもとへ向かった。ルヴィ兄様には別の伝令が走ったでしょう。となれば、ガブリエラ様にもお話ししなくては。
お父様が伝令を受ければ、フォルト兄様も動く。頭の中に地図を思い浮かべた。駒に見立てたピンを移動させる。アディソン領との境に位置するフォルト兄様を動かしたら、難民への対応を誰に任せるべき? ハイノはフォルト兄様と離せない。
あの砦には、モーリスがいた。お父様は戦いでは当てにならないから、他の砦の将軍を配置する? いいえ、時間がかかるわ。
「ガブリエラ様、ご相談がございます」
ノックしてすぐに、扉は内側から開いた。軍服に似た乗馬服姿のガブリエラ様は、長い髪を馬の尻尾のように高く結っている。
「連絡が入ったのであろう? デーンズ方面へフォルトを向かわせろ。マインラートと私で砦を守る」
そうだったわ。この方は戦いに秀でた能力を持つ。それに軍に所属しない、近衛兵を動かせる立場だった。武に長けた女傑は、真っ赤な唇で弧を描く。
「任せておけ。マインラートの安全くらいは担保してやる」
本当に頼もしい方だわ。




