09.神殿の権力者は私の味方よ
「私、未婚の母になったの。どう思う? 叔父様」
驚いた顔で目を見開いて、私の言葉を噛み締める。中で噛み砕いて理解し、彼は眉根を寄せた。その表情の変化をつぶさに確認する。どうやら神殿は本当に知らなかったみたいね。
「……結婚式を行ったのに、か」
怒りを滲ませた声は低く、いつもの丁寧な口調が崩れた。前皇帝の弟である叔父様は、元々気性の激しい人だ。身内に危害を加える者への苛烈さは、思わず私が止めに入るほどよ。私のお母様は、叔父様の従姉だった。
皇位争いを避けて、神殿に入ったのは身内を傷つけたくないから。そんな叔父様は、幼い頃から私を可愛がっていた。この状況で動いてもらうには、最適の人なの。
「アディソン王国の神殿は何と言っていた?」
「驚いていたわ」
知らなかったのね。微笑んで「神殿も欺かれていた」と伝える。バキッ……叔父様の手元で、破壊音が響く。カップに大きなヒビが入っていた。
「叔父様、手に気をつけてね」
「すぐに調査させよう」
割れたカップをソーサーに戻し、叔父様は濡れた手を拭った。九柱の神々は、この世界を創ったと言われている。その神々を祀る神殿は、国の境なく権力や影響力を保持してきた。滅多に行使しないが、その力は一国の王より上でしょうね。
各国の神殿を束ねるのが大神官で、一王国に一人しかいない。帝国のみ二人の大神官が派遣された。その大神官が調査を命じれば、すべての国の神殿に影響を与える。私の知りたい情報も、すぐ手に入りそう。
「ありがとう、叔父様」
「いや、それで愚物はどうした? 放置したのか」
「可愛い娘の安全を優先したの。これから兄様達と動くわ」
「そう……ですか。神殿としても協力させていただきます」
お茶のお代わりを持ってきた若い神官の足音で、叔父様の口調が変わる。この変わり身の早さは、昔から見事だわ。穏やかな大神官の仮面を被った叔父様に、私も信者らしい口調で返した。
「大神官様の協力がいただけるなら、何も心配はいりませんね。神々の祝福がありますように」
話を切り上げ、彼の手を借りて立ち上がる。スカートの裾を捌いて、やや深い会釈をした。皇族が頭を下げるのは、皇帝以外には神殿だけ。神々の像に拝礼する時と、地位の高い大神官に対してだった。
「次は娘と訪問させていただきますわ」
「その際は、先触れを早めに出してください」
笑顔で頷く。今回は仕方なかったの。神殿の中に敵がいるかもしれない。訪問を断られる可能性があったの。だから先触れを出した直後に、宮殿を出る。出発した既成事実を作って、準備の時間稼ぎも同時に行った。
次は前日までにご連絡しますと伝え、背を向けて歩き出した。真面目な叔父様はきっと、皇妹に戻った私に頭を下げるのでしょうね。