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【書籍化決定】妻ではなく他人ですわ  作者: 綾雅「可愛い継子」ほか、11月は2冊!


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88.戻る場所はない ***SIDEモーリス

 この頃、国境付近が騒がしい。だが、どうせ俺には関係ないか。異母兄である国王陛下は、騎士団長の俺が消えたことすら気づいていないようだし。当初は抗議して助けてもらえると希望を持っていたが、今になれば阿呆らしいと首を横に振るばかり。


 己が一番可愛い異母兄は、俺を気にかけるはずがない。もしかしたら、もう新しい騎士団長もいるんじゃないか? それならそれで……まあ仕事内容は気に入らないが、ここでの生活に馴染むだけだ。


 朝起きて朝食をもらい、正午までひたすら畑を耕す。逃走防止のロープが腰に巻かれるが、監視も手を抜いていた。ロープの先を握っているはずの兵士が、木に結びつけて昼寝をする始末だ。俺の部下なら叱り飛ばすが、今は俺の役目じゃない。放っておいた。


 逃げるのは簡単だが、その理由が見つからない。騎士団長としての誇りは、妻の兄によって粉々に砕かれた。王に仕える義務は、権利を奪われたので放棄していいだろう。助けにすらこないんだからな。家族としても縁が切れたような状態だ。


 誰も助けに来ないし、俺を必要としない。妻子には実家へ逃げられた。剣を持つ理由がなかった。だから鍬を振るう。無心で耕し、正午になったら木陰でチーズを挟んだパンを食べる。これがまた美味かった。


 捕虜への扱いではないと抗議した際に、副官を名乗る男に言い負かされた。働かない者に与える食料はない、と。サボれば給料がないのと同じか。置き換えて理解したら、仕事を与えられた。畑仕事ではなく、衛兵の仕事はないかと食ってかかるも、あっさり倒される。


 アディソン王国で俺が勝ってきたのは、王族へのお世辞だったのかもしれん。そう思ったら、何も持たない自分が恥ずかしくなった。最低限の食事と日の当たらない生活に飽きて、畑仕事を買って出る。


 日に焼けて、鍬を振るう腕は太くなった。肩や背中にも筋肉がつき、腰が落ちて重心が安定した気がする。兵士の一部も畑仕事に精を出す者がおり、たまに棒切れを拾って剣術もどきの相手をしてくれた。


「お? 楽しそうだな」


 トリアの末兄エーデルシュタイン元帥さえ、鍬を手に畑に現れる。どうやら鍛錬の一環と考えているようだ。俺への嫌がらせではなかったのか。


「俺もまぜろ!」


 そこらの棒を拾い、切り掛かってくる。いや、殴りかかると表現するべきか。だが太刀筋を示す鋭い音と動きに、身が竦んだ。近くの兵士は一度叩かれたものの、また向かっていく。慌てて落とした棒を拾い、叩かれた手で握り直した。


 せっかくのチャンスだ。稽古相手を務めてもらおう。飛びかかっては蹴飛ばされ、棒を叩き落とされ、それでも夢中になって棒を振り回した。疲れて動けなくなったところで、畑の土にまみれて転がる。疲れたし、あちこち痛いが、気分は最高だった。


 幼い頃、夢中になった剣術の稽古を思い出す。


「悪くないんだがな、真っ直ぐに攻撃しても勝てねえぞ。その程度の筋肉と体幹じゃ、まだまだだ」


 隣にどかっと座り込み、元帥らしからぬ気やすさで笑う。ほらと水の入った筒を渡され、口をつけて一気に干した。


「あ、このやろ。全部飲みやがった……おう、ありがとうな」


 部下が持ってきた筒に口をつけ、彼も水を干す。行儀悪く、開けた口の上で逆さにした筒を振った。


「モーリス、アディソン王城が落ちたぞ」


「……そっか」


 何も感じなかった。だって先に俺を捨てたのは、向こうだ。異母兄姉も義母も、甥っ子達も関係ない。


「そんで、お前には道が二つある。このまま砦の下っ端として畑を耕すか、アディソン王族として戻るか」


「戻る場所があるみたいに言うなよ」


 ぼそっと言葉が落ちた。戻る場所はない。覚悟は決まった。


「畑仕事して強くなったら、あんたを畑に転がしてやるよ」


「まあ、無理だろうが頑張れ」


 ぐしゃっと頭を乱暴に揺らされ、不覚にも目の奥が熱くなった。情けねえな。

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― 新着の感想 ―
姫君の父親は更正しましたか。 脳筋同士の良い友人も得たと言うのも、何やらホッコリします。 そのうち、父子が面会する機会でも有ると良いですね。
正しい道学べなかった元夫君が「農奴として満足に生き満足に死ぬ」道もアリだとは思う。 ただ、やらかしたこととやらかした当時の立場考えたらこれから私刑にあう貴族三男君にも同じくらいのチャンスあってもいいと…
元夫モドキが、真面になった!皆さんの教育と躾の賜ですね!誰も心配してくれない…それは普通に可哀想。
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