86.王家の正当性が失われた日
クラウスと逢瀬を重ね、お茶会も頻繁に開く。可愛い娘ジルヴィアと過ごす時間も経て、私達は親子へ近づいていた。穏やかな日々は表面のみで、裏で動く策略はいつでも血腥いもの。
二人で並んで薔薇を眺める庭へ、エック兄様は報告書を持参した。
「こういう場では控えるものでしょう?」
私達は逢瀬の最中なのに、と唇を尖らせたら、エック兄様はひらひらと封筒を揺らす。
「あとで怒るのは、トリアではありませんか? 僕は別に構いませんよ」
そう言われると気になる。目配せし、代わりにクラウスが手を伸ばした。この頃、彼との関係が心地よい。少しの身振りや手振りで、意図を汲み取ってくれる。私を尊重しているのが伝わった。
そういえば、ガブリエラ様が「かなり前からそなたに惚れている」とか言っていたわね。本当か、直接尋ねたことはないけれど。こうして大切にされている状態から、嘘ではなさそう。
モーリスも私に乱暴を働いたり、粗略にしたりはしなかった。ただ、執着すれど愛情を感じなかっただけ。政略結婚だから、こんなものと思っていた頃を思い浮かべる。
「どうぞ」
「ありがとう、クラウス」
受け取った封筒は開封されていた。取り出したのは、一束に綴じた報告書だ。バラけないよう、糸綴じされていた。本のように捲って読むのね。覗き込んだら、クラウスが頬を寄せた。
「エック兄様はそちらにお座りになって。クラウスも読むなら広げるわ」
運ばれた椅子を兄に勧め、報告書は膝の上で開いた。二人が覗き込めば、自然と距離が近くなる。触れる髪が擽ったく、口元が緩んだ。
「やれやれ、僕はお邪魔なようですね」
「そこにいらして!」
同じ言葉を重ね、気恥ずかしさを誤魔化す。エック兄様は肩を竦め、私達のベンチに並ぶ位置で空を見上げた。たまには日に当たって、ゆっくりなさったほうがいいわ。いつも難しい顔で書類と睨めっこ、婚約者のライフアイゼン公爵令嬢にも叱られたばかりでしょうに。
報告書には、先日のアディソン王国の顛末が記されていた。
一人で逃走を図ったアディソン王は、国境付近でフォルト兄様達と遭遇。捕獲した後、民に引き渡された。怒り狂う民の投げる石を浴びながら投獄された。
先に捕縛された王姉は投獄中だが、民による処刑待ちだ。王子二人は自害して果てた。毒を隠し持っており、牢内で服毒したと記録している。まあ妥当なところかしらね。
「どこへ逃したの?」
「先代の王妃殿の屋敷だな。先先代の実家と聞くが、少しばかり手を入れた」
最低限生活できる程度の修復や生活費の援助ね。今回のお礼だけれど、彼女はそのままでは受け取らなかった。だから、王子二人の監視目的で与える。孫と生活できる上、生活に困窮せず済むわ。セットにすれば、辞退される恐れはない。
「残していいの?」
禍根の種になる。亡国の王子など、帝国の将来に影を落とすのでは? 含みを持たせた問いに、エック兄様は肩を竦めた。
「予想外の収穫がありました。あの子らにアディソン王家の血は流れておりません」
「あら」
驚いた。クラウスも顔を上げて目を見開く。彼はどちらの意味で驚いたのか。
「まさか、もうご存知だったとは……手土産が消えてしまいましたね」
へにゃりと眉尻を下げたクラウスが説明を担当した。アディソン王家の二代前の王は、子種がない。いくら注いでも、子はできなかった。王家が絶える心配をした当時の宰相により、傍流の公爵家が己の子を差し出す。養子ではなく実子として、神殿を欺いた。
この時点で直系は絶えていたの。公爵子息が王を名乗ったのが、先代だった。彼は親が違うため、王女と王子を妃に授け、愛人にモーリスを産ませる。すでに喜劇ね。
「では……守る血筋などなかったと? 民には腹立たしいこと」
その言葉通り、真実を神殿から知らされた民は、王や王姉を許さなかった。




