79.かなり入り込まれたみたいね
クラウスの指示を受けた若者が一礼して下がる。私達は確保した木陰で昼食を頂いた。持ってきたバスケットに冷やすための氷が入っている。
「重かったでしょう、エリーゼ。護衛に持たせたらよかったのに」
「いいえ、お嬢様のお食事を、誰かの手に委ねることはできません」
この忠義があるから、この子は貴重なの。以前も皇族だからではなく、私だから仕えると言い切った。過去の恩なんて忘れていいと、何度も話したのにね。それでも、私はエリーゼを多少なり信頼している。少なくとも、家族の下に置くくらいには……。
「ありがとう、遠慮なくいただくわ」
「これは、せっかくですので砕いて、飲み物を冷やすのに使いましょう」
慣れた様子で、クラウスが氷を割っていく。護衛の一人が驚いた顔をして、表情を引き締めた。短剣の使い手である私から見ても、クラウスの手捌きは見事だわ。腕に自信ありそうね。
「エリーゼ、皆に振る舞って」
「畏まりました」
さすがに鎧ではないけれど、革製の胸当てなどを装備している。護衛のほうが私達より暑いはずよ。訓練で慣れているとはいえ、冷たい飲み物が余っているなら飲んだほうがいい。私を守る前に倒れられても困るもの。
丁寧に礼を言って口にする護衛達に囲まれながら、正面に広がる池を眺めた。恋人達がボート遊びをする水辺は、涼しい風が吹いている。硬いバゲットに切れ目を入れ、ハムやチーズを挟んだ昼食は、するすると消えた。
クラウスの食べる量に驚くわ。薄く切ってもらい口に入れる私の三倍くらいの速さで食べていく。護衛にも同様に昼食が振る舞われた。と言っても、彼ら自身が運んだのだけれど。給仕で忙しいエリーゼは、果物を剥き始めた。
「ご用意できました」
お礼を言って摘まむ。その間に、エリーゼも簡単な食事を済ませた。残った氷は砕いて撒き、食器をバスケットに収納する。かなり軽くなったと思う。移動しようとしたところへ、先ほどクラウスがお使いに出した若者が帰ってきた。
従僕と呼んでいいのかしら。どちらかといえば、貴族の侍従より専門職の文官のような印象なのよ。一礼してから、袖口に隠した封筒を手渡す。胸元に覗いている紙束は、囮? それとも別の用途があるかも。気になって眺めていたら、クラウスに呼ばれた。
「ヴィクトーリア様、先ほどの襲撃の犯人が判明しました」
「仕事が早いのね」
「はい。アディソン王国出身の男爵家三男で、現在は商家の一人娘の婚約者です」
足元は掃除したはずと思っていたから、アディソン王国の関係者と聞いて納得する。神殿も叔父様が大掃除をしたから、不穏分子は国内にいないはずだった。私もひと暴れしたことですし……そう、アディソンの……。
「楽しそうですね」
自然と口元が緩んだみたい。唇を引いて、笑みを深めた。軽く首を傾けて、その先を待つ。
「商家の取引先が大きく変化していました。どうやら乗っ取られる寸前だったようです。不思議なことに、現当主が寝込んでいます」
「不幸なことね」
「はい、原因を取り除いて白い部分を残すか。根から絶やす方法もありますが、今回は恩を売るほうが利がありそうです」
聞けば、宝石ではなく鉄鉱石を扱う商家らしい。他にも火薬などに明るい。ならば残して、今後のために活用すべきだ。クラウスの言い分に頷きながら、あの平民の女性を思い浮かべた。恋人の突然の行動に、驚いて固まっていた。
「一人娘なら、新しい婚約者が必要ね」
忠義に厚く国を裏切らない男を用意したら、どうかしら。
「姫様がお望みならば、どのようにしても叶えましょう」
舞台俳優のように戯けた口調で、真剣な眼差しが注がれる。差し出された手を受けて立ち上がり、私は上を見上げた。木漏れ日が降り注ぐ心地よさに目を細める。
「言わずとも承知しております」
国内に入り込んだ他国の勢力を、洗い出します。約束するクラウスに微笑みかけた。腕を組むよう促し、少し奥にある花畑に足を伸ばす。こんな穏やかな日々は、しばらくお預けになりそうだわ。今日ぐらい、目一杯楽しみましょう。




