77.仕事を終えたら逢瀬の時間
宮殿と神殿はさほど離れていない。馬車ではぐるりと回り込むけれど、それでも読書を楽しむには短い距離だった。向かいのクラウスは、事情を聞いて護衛も追加で手配する。神殿はそんなに危険ではないわ。少なくとも今は……叔父様の管理下ですもの。
「ヴィクトーリア様の御身は、この国にとって重要です。私にとっては、己の命以上に……」
「ありがとう、クラウス。あなたの気持ちは素直に嬉しいわ」
叔父様のもとへ向かう私達を、数人の神官の目が追う。以前の騒動を知っているみたいね。視線が咎める色をしていた。悪役の扱いなんて、随分と光栄だわ。神々は私達に自衛を禁じていない。ましてや私に与えられた加護は剥奪されていなかった。それこそが神々の御意志なのに。
理解しないなら、神官の適性がないわ。クラウスは私の視線を追って、口元を緩めた。ご実家で、ひと騒動起きそうよ? 私に敵対すれば、この帝国の情報を一手に握る男を敵に回す。その程度の危機感もないなら、滅ぼされても害はなさそう。
「ヴィクトーリア姫様、ようこそお越しくださいました」
柔らかな微笑みで迎える叔父様は、丁寧な神官としての顔を崩さない。扉を閉めてソファーに腰掛けた。今日はお茶を淹れる神官を置いていないのね。叔父様がお茶を用意した。私の好きな白花茶ね。
「アディソン王国の話、すでに耳になさった?」
「それどころか、神殿経由で面白い話がある。あの阿呆、地方の小神殿に逃げ込んだぞ」
「あらまあ……」
まだエック兄様も知らない情報ね。王宮から逃げて、地方の小神殿へ。各国「神殿」と呼称するのは、一つだけだった。王都や帝都に存在する大神殿を指す。けれど、狭い都市内ならともかく、領土が広い国で神殿が一つでは不便だった。
小神殿は祈りを捧げる場所として、神殿が管理する出張所のような場所だ。当然、神官が派遣されている。そこへ逃げ込んだなら、神官はアディソン王を支持する貴族の子息なのね。
「侯爵家の三男らしい。愚かなことだ……神々はすべてご存じだというのに」
叔父様はにやりと笑った。神々が、ではなく……叔父様が、でしょう? 小神殿には見習いを含め、数人の神職者がいる。情報は一瞬で神殿へ上がる仕組みなの。アディソン王国の神殿を現在取りまとめる神官は、大神官の座を狙う私達の手駒だった。
情報は素早く送られたはず。
「他の王族方もご一緒かしら」
「前王妃殿下は別だな。別居して実家に戻っているから、関係ないだろう。同行したとすれば、王姉と子供達か」
アディソンの王子は二人、王妃の子が一人、妾の子が一人。妾の子を引き取ってすぐ、王妃は亡くなっている。国王、王子二人、嫁ぎ先から返された王姉。王族で逃げたのは、この四人みたい。異母弟モーリスは、帝国の砦で畑を耕しているでしょうし。
「すぐ動くべきではないわね。どこに逃げ込むか、泳がせてみたいわ」
「トリアなら、そう答えると思った。害虫は殲滅が基本だからね」
「あら、叔父様ったら物騒なのね」
おほほと笑い、今後の予定を決めて別れた。新しい情報をまとめ、エック兄様へ封書を届けさせる。今日の仕事はここまでよ!
「クラウス、付き合ってくれてありがとう。仕事は終わり……わかるでしょう?」
「姫様の仰せのままに。私も楽しみにしておりました」
仕事の話を切り上げ、腕を組んで馬車に乗り込む。叔父様は笑顔で手を振ってくれた。見送られて向かうのは、予定していた公園よ。
途中で馬車を止め、上着と靴を交換する。装飾品を付け替え、きっちり編んだ髪の一部を解いてハーフアップにした。髪留めはクラウスからの贈り物を使う。
「私のためにこのような……感激で言葉がありません。美しく煌びやかで……私はなんと幸運な男でしょうか」
賞賛の声はいくつあってもいい。でも今は、クラウスの言葉だけで満足できた。さあ、楽しみましょうね。




