74.王国崩壊の兆し ***SIDEフォルクハルト
義母上が父上を連れて、国境の砦に来た。馬車に酔った父上を、豪快に蹴り飛ばす義母上の姿に、ぎこちなく笑う。
「義母上、その……」
「よい。そなたの挨拶など期待しておらぬ。マインラートを休ませてやれ」
ぐたっと力無い父上を、部下に任せた。俺としては逆のほうがいいが、さすがに部下には荷が重い。義母上と砦の階段を登った。到着したばかりなのに、義母上は元気だ。
「ほう、かなり長くなったな」
俺より先に、同行したハイノが口を開いた。軽く睨まれて、思い出す。ややこしくなるから、説明は任せていいんだったな。
「時々、列から抜けていく馬車が出ます。追跡させて調べるよう、宰相閣下の命令を受けて対応しています」
「そうなのか? フォルト」
「はい、義母上」
余計なことを言わずに頷けば、満足げに微笑み返された。機嫌が良すぎて怖い。嫌な予感がする。
「ウルリヒが動くぞ」
「っ、はい」
ハイノからも説明を受けた。公開質問状で、トリアへの扱いの酷さを問うた。国同士の政略結婚なのに、籍を入れなかったこと。他にも聞いたが、重要なのはトリアの件だけだ。回答は偶然が重なっただけで、蔑ろにしたわけではない、というもの。
当然、俺達家族が納得できるわけはない。叔父上が動いて、神殿全体でなんかするらしいが。
「神殿は質問状を、王家の回答とともに公開する。今ごろ大騒ぎになっておろう。難民が流れ込むぞ。封鎖を徹底しろ」
義母上の命令にハイノが敬礼で答える。俺も大きく頷いた。難民ってことは、国を捨てて逃げてくる連中か。受け入れてはダメな理由がわからん。
「その顔は理解しておらぬな? 逃げてくるのが農民なら問題ないが、貴族や王家に連なる者が交じっていたら、いかがする? そなたに見分けがつくのか?」
「それでか」
納得ができた。見窄らしい格好で国王が逃げてきて、うっかり見過ごして国内に入れてしまったら。騎士や兵士などの、暴力を使える者が入り込んだら? リヒター帝国の土台を揺るがす事態になる。
「フォルトよ、そなたは脳みそまで筋肉だが……バカではないのだ。説明されれば納得できるのだからな。トリアが頼りにしておるゆえ、失望される事態だけは避けろ。そのための副官だ」
使い倒せ。物騒な言葉を声に出さなかった義母上に、読み取ったハイノが顔を引き攣らせる。そうか、俺は俺のままで役に立つ方法を探せばいい。考えるのはトリアや義母上に任せ、細かな采配はハイノが取り仕切る。
全体の流れを掴んだら、直感が命じるまま進んで構わないんだ。
「わかった、義母上」
「ふむ、良い返事ぞ……ところで、マインラートはそろそろ復活したか?」
砦の下を覗く仕草をして、眉根を寄せる。何か見えたのかと身を乗り出すも、配置された兵以外は誰もいなかった。
「まだ潰れておるとは軟弱な! そもそも、マインラートが馬に乗れぬせいで遅れたというに」
義母上はぼやくが、置いてこなかったんだから……心配しているのだと思う。行列から数台の馬車が抜けた。同じ紋章を付けている。遠眼鏡で確認したハイノが、慌てた様子で再確認した。
「何かあったのか」
「……紋章に間違いなければ、公爵家が離脱しました。その前に馬が駆け寄っていたので……」
紋章が描かれた手元の冊子を、真剣に確認したハイノが報告する。義母上の口元に笑みが浮かんだ。
「こちらにも報告が届くぞ」
義母上の予言は、すぐに現実となった。アディソン王国、王都中心部において、神殿主導の抗議が始まる。王城へ詰めかけた民へ向け、城門で切りつけた騎士あり。トリアとエック兄が準備したなら、この後も予定通りだな。




