73.バチが当たれ ***SIDEアディソン王国民
神殿から御触れがあった。正式には、信者へのなんとか公開状だったか? 長い名前があるが、公表される情報をまとめて御触れと呼んできた。
神々のご神託があったり、愛し子様が見つかったり。新しい規則ができた時も、御触れが出る。信者としては、いち早く御触れを聞きたかった。今回は何があったのだろう。
掲示された紙には、びっしりと文字が書かれている。平民に文字が読める奴は少ない。おれだって無理だった。ある程度人が集まると、神官様が読んでくださるのだ。おれが嫁と駆けつけた神殿の前には、すでに多くの人がいた。
「では読み上げる」
神官様が読むときは、難しい内容もわかりやすく言い直してくださる。文字が読める商人の場合、そのまま読み上げるので首を傾げることも多かった。結局、神官様の説明を聞くので二度手間になる。
運が良かったと思いながら、耳を傾けた。皆も同じ気持ちなので、静かになった広場に神官様の声が響く。
公開質問状? おれらにも話を聞かせるぞと、王様に連絡した上での質問だとか。答えが返ってきたので、発表するんだな。
隣のリヒター帝国から嫁いだお姫様に酷いことをした? 未婚のお姫様を襲って身篭らせた。しかも閉じ込めたって言うじゃねえか。ひでぇ貴族がいるもんだ。お姫様はどうなったと声をあげる奴がいて、無事に帰られたと知る。お子様もご無事だそうだ。
もし、どちらかがお亡くなりになっていたら、戦争になったかもしんねぇな。ほっとして、嫁と繋いだ手を揺らす。
その悪い貴族ってのが、王様の弟? そんじゃ王族じゃねえのか。とんでもねえことだ。さらに、神殿に届けるべき婚姻の連絡を、勝手に捨てただと! 神様へどんだけお詫びしても足らねえ。
「人々の生死を管理するよう神殿に委任した神々への侮辱である!」
神官様が一際大きな声を張り上げた。周囲が騒然となる。王様が神様に逆らったって話、だよな? 周囲の人と確認し合い、恐ろしさに身が震えた。嫁は今にも泣き出しそうだ。
「神様のバチが当たるよ」
おれもそう思う。なんて恐ろしいことをなさったんか。その疑問への答えは「偶然が重なって、婚姻届が行方不明になった」だった。神様への報告がなくなったら、新しく作り直す。頭の悪いおれだってわかること、なんでしなかったんか。
「アディソン王国の大神官様が、王宮へ行ったきり帰らない。行方不明になった経緯も尋ねた。王宮の回答は、帰った後のことは知らない、と。それが許されるのか?!」
「そんなわけねえべ」
「なんかしたに違いねぇ」
「隣の姫さんにもひでえことしたんだ。王様が大神官様を閉じ込めたんだろ」
わっと声が上がり、不満と怒りが募る。おれらは頭が悪いかもしんねぇ。王様にしたらゴミみたいな存在だろう。それでも神様を信じる心は負けてねぇ。
「神々に背いた王族を許すな!」
誰かが叫んだ。その声に「そうだ」と相槌が聞こえる。人の群れは自然と王宮のほうへ流れ出した。
「おれは皆と行ってくる。お前は家に帰ってろ」
「きぃつけて」
「何かあったら、神殿を頼れよ」
嫁の返事は、騒ぎの声で聞こえなかった。手を振る嫁が遠ざかり、おれは前を向く。王様ってのは、頭が良くて偉い人だ。逆らうなんて考えもしなかった。でもな、神様を騙したり、よその姫様を傷つけたりするなら、話は別だった。
神殿から王様の城まで、歩く途中で人が増えていく。街中の人が出てきたんじゃないかと思うほど、大勢が城の前に押し寄せた。押されて苦しい中でも、きちんと説明しろと叫ぶ人がいる。信仰を示す絶好の機会だと呟く声が聞こえ、おれも声を張り上げた。
「神様を騙したバチが当たれっ」
「不敬だぞ、下がれ!」
城の騎士が剣を抜いたが、誰も下がらなかった。大きな声が上がり「切られたぞ!」「刺された!」と叫ぶ人がいる。人の群れは散るどころか、そのまま進み始めた。嫁に心の中で「悪い」と謝り、おれも前進する。
ここで逃げたら、神様に顔向けできねえ!!




