69.難しいことは任せた ***SIDEフォルクハルト
義母上と父上が後から来る。伝令を出すより、自分で向かうほうが早い。そう考えて飛び出した。義母上は、いつも俺の愚かさを補ってくれる。
話し方は短く切る。行動は迅速に、副官や仲間を信じて動く。危険があれば逃げる。義母上はもちろん、トリアも同じ言葉を繰り返した。お陰できちんと覚えたが。
走らせた愛馬を放してやり、部下の出迎えを受けながら砦の門をくぐる。国境の壁に繋がる砦の門を閉じるよう命じた。
「門を閉じよ」
ぎりぎりで入った商人がほっと胸を撫で下ろす。後ろで騒ぐのは、貴族の馬車か。無理に通ろうと護衛が騒ぎ出した。にやりと笑い、間に割って入る。
「通せっ!」
「この馬車はアディソン王国の侯爵家だぞ。外交問題に……」
「何を騒いでいる。エーデルシュタイン元帥の名において、国境を封鎖すると命じたはずだ。従わぬなら、我が剣の錆となるか?」
叫ぶ護衛や御者の声を遮り、すらりと剣を抜く。手入れを欠かさない相棒は、ぎらりと光を弾いた。
外交問題だと? すでになっている。最愛の妹を騙し、傷つけられた痛みは、まだ返していない。睨みつける俺の後ろから、ハイノが現れた。
「封鎖が決定したと聞きました。ここは私が預かります」
「……ちっ」
「舌打ちしない」
母親のような叱り方をするハイノに任せ、その場を離れた。抜いた剣を収め、悠々と背を向けた俺に罵声を飛ばすバカはいなかった。俺よりバカがいれば、叩きのめしてやろうと思ったが、非常に残念だ。
貴族の馬車を先頭に、長い列ができた街道を、砦の上から眺める。まだ最後尾が見えるが、もうすぐ街を抜けて伸びる事態になるはずだ。ほとんどが王国から帝国へ入る者で、帝国からアディソン王国へ向かう者はほぼいない。
トリアが戻り、エック兄が手を打った。国内貴族や商人達にアディソン王国の危険性が広まっている。あちらに行くと帝国に戻れなくなる、と事前に話したらしい。
「封鎖完了しました。他に連絡事項はありますか」
戻ったハイノに尋ねられ、うーんと唸る。確か、義母上に何か聞いたような……。
「ああ、義母上と父上が来るぞ」
「は? ああ、はい。準備させます」
もう一つあった。トリアが耳元で……。思い出せないので、持たされた手紙を渡した。
「指示書だ」
短く発するが、威厳はない。忘れたと見透かしたハイノは、呆れ顔で封を切った。さっと目を通し、手紙を畳んで差し出す。トリアの書いた手紙は、すべて俺が保管している。公式書類なら諦めるが、そうでなければ俺の宝物だった。
手紙を入れる箱は大きめの宝石箱だ。中の仕切りを取っ払い、手紙用に加工させた。お気に入りの箱にしまうため、ひとまず胸元に戻す。
「公開質問状の回答が公表されたタイミングで、アディソン王国内へ侵攻します。ただし戦闘行為は禁止、皇女殿下の名において支援を行いますが……理解できましたか?」
「任せる」
戦ってはダメなのと、王国へ向かうのは理解した。細かいことはすべて任せる。義母上達も応援に来るから、俺が難しいことを考える必要はあるまい。うんうんと頷いていたら、ハイノは溜め息を吐いた。
「なんだ?」
「いえ……これで戦闘になれば圧倒的な強さを誇るとか、詐欺だなと思っただけです」
「そっか」
褒められたと思っておく。俺がすごく強くて狡いって話だな。
視線の先には、長い列が続く。諦めて抜けていくが、それまでは現状維持だろう。まあ、俺には関係ない話だ。
「あっ、帝国の関係者が列に紛れていたら……」
「優先して通す、ですね。わかっています」
有能な右腕に任せておけば間違いない。




