67.答えにならない返答 ***SIDEウルリヒ
公開質問状を出して半月ほど、まったく反応がなかった。あまりにも動きがないので、もう一度送るべきか検討したほどだ。
アディソン王国の大神官が不在ゆえ、動きが鈍いのか。送り込んだ手駒は、かなり中枢部に食い込んでいる。もう少しすれば、新しい大神官に息のかかった者を送り込めるだろう。
「断罪の大神官様、アディソン王国から返答がありました」
「そうですか」
ようやくかと吐き捨てたい気持ちを押し込み、穏やかに返す。他者から見て都合のいい、穏やかで正義感溢れる神官の姿は、張り付いた仮面のようだ。家族以外の前で、滅多に外すことはなかった。
神々の司る権能を頭につけて呼ぶのは、リヒター帝国の神殿に二人の大神官がいるためだ。大神官同士が集まった際も、この呼び方は利用されてきた。断罪、その称号は我が守護神である正義の神に由来する。
「返答は口頭ですか? それとも」
「書面でございます。執務室へ届けました」
「ありがとう」
ゆったりした歩調を変えることなく、執務室へ入る。机に置かれた封書を手に取り、裏返した。赤い封蝋は正式文書であることを示す。ペーパーナイフを当てて、中身を取り出した。わずか一枚の返答が、尋ねた答えとして足りるはずはなく。
「さて、どのように処理すべきか」
アディソン王を頭の中で八つ裂きにしながら、指先で机の角を叩く。爪が高い音を立てた。そこに、足音が重なる。急いでいるようで、扉を忙しなくノックされた。入室を許可すれば、先ほどとは別の神官が立っている。
「皇妹殿下、ローヴァイン侯爵様がお見えです」
「皇女殿下の祝福はまだ先ですが」
「急ぎの用で、断罪の大神官様に取り次ぎを申し出られました」
ということは、もう神殿に到着する頃か。先触れとほぼ同時に到着するのは、あの子の得意技らしい。ふっと口元が緩んだ。
「迎えに出ます」
立ち上がって、手紙の置き場に迷う。胸元にそっと滑り込ませた。封を切った以上、置いていけば誰かの目に触れる危険性がある。権力の及ぶ神殿内の自室でさえ、油断しないのが生き残るコツだった。
当たり前の習慣を身につけていない者から、脱落していくのが神殿だ。待たせると、先日のように大暴れされてしまうかな? くくっと喉を震わせて笑う。他国の干渉が入り、俺に内緒で話を進めた。護衛を買収し、神殿騎士を勝手に動かす。
アルホフの大神官には、死なせてくれと懇願するような罰を用意しよう。可愛いトリアに傷をつけることなど、許しはしないが……。あの子は強い。様々な意味で、常に人の上に立ってきた。だが、俺にとっては可愛い姪で家族だ。
長い回廊を抜け、馬車停めに滑り込んだ皇族の紋章に目を細める。新たな護衛の騎士が、ノックしてから扉を開いた。愚かにも買収に靡いた前の護衛達は、すべて処分している。兄上や義姉上によって、家ごと片付けられたはずだ。
一礼して手を差し伸べた。が、先に婚約者のローヴァイン侯爵が降り立つ。
「ウルリヒ殿のお出迎えがあると、安心しますわ」
一度出した手を引っ込め、微笑みで迎えた。婚約者同伴なら、手を預ける先はローヴァイン侯爵になる。先日の騒動が嘘のように、淑女然としたヴィクトーリアが会釈した。動きやすいが質のいいワンピース姿、侍女を伴わず婚約者と二人。どうやら、逢瀬の予定でも入っていたか。
「大事なお話があって来ましたの」
「承知しております。こちらへどうぞ」
歩きながら、不用意な話はしない。神殿内は様々な国から来た者が混じり、どこから話が漏れるかわからなかった。執務室と扉続きの客間へ案内し、白い花茶の缶を手に取る。一番地味な無地の缶は、この部屋で最高級の茶葉を隠すのに最適だった。
香りの高い花茶を用意し、全員が一口ずつ飲んだあと……胸元から封書を引き出した。
「これか? 耳が早いな」
「情報収集は、彼も私も得意なのよ」
すでに目を通した回答書を、トリアに渡す。わずか数行の回答を読み、ゆっくり目を通し直した姪は溜め息を吐いた。
「予定通り、進めましょうか」




