62.悪巧みは赤い花茶に揺れて
家族四人が集うお茶会は、中の宮東側で行った。兄様達がイングリットに会いに来たから、そのまま部屋を用意した形ね。大きなガラス窓から光の入る、明るい客間を選んだ。
赤い花茶を口元に運び、香りを楽しんでから一口含む。先日の襲撃犯の処理も含め、お互いの情報を報告し合う予定だった。
デーンズ王国の王城近くに、大きな塔が建つらしい。そんな噂が流れてきたのは、アルホフ国王が『病に伏せって危篤』と発表された半月後だった。アルホフ国王の容体が急変し、王太子が跡を継ぐのはすぐでしょうね。
「何しろ、国王陛下が不在なのだから」
「正確には行方不明ですね」
私の言葉尻を捉えて、エック兄様が訂正を入れる。こういう言葉遊びも久しぶりだった。
「死体の保管は問題ありませんの?」
「もちろんです。氷室で保管していますよ」
あれでも一国の王ですから、とエック兄様は笑った。フォルト兄様が持ち帰った情報と遺体は、現在『名もわからぬ死体』として扱われている。名前が判明すれば遺体、身元不明は死体と言い分けた。現在はあくまでも、拾っただけの死体よ。
「デーンズの工作もうまく行ったようね」
「私だってそれなりに仕事はしているさ」
ルヴィ兄様が足を組み直す。隣のフォルト兄様は、まだイングリットが気にかかるみたい。自分を見て泣かない赤子は初めてで、夢中になっている様子だった。
「フォルト兄様もお疲れ様でした。雨の後、風邪を引いたりなさらなかった?」
「問題ない、俺の取り柄は頑丈さだからな!」
やや大きな声だったので、むずがるイングリットが声を上げる。ベビーベッドの縁から顔を覗かせ、フォルト兄様が小声で話しかけた。
「すまん、寝ているところを邪魔した」
イングリットは大きな目をぱちぱちと瞬き、欠伸を一つした。本当に大物の器ね。
「イングリットはこの部屋でいいのですか?」
赤子に聞かせる話ではない。遠回しにエック兄様に退室を勧められるも、私は首を横に振った。
「リヒテンシュタイン家の皇女だもの。知らされないほうが悲しいわ」
こういった世界に身を置く、未来の女帝なの。遠ざけて育てられない。宣言する私に、兄達は困ったような笑みを浮かべた。一人だけ、フォルト兄様がこてりと首を傾げる。
意味がわかっていないのね。本当に可愛い人だわ。どうせ馬鹿を夫にするなら、このくらい愛らしい人なら良かったのに。元夫モーリスを思い出し、溜め息が漏れた。そういえば、フォルト兄様に預けたわね。
「フォルト兄様、モーリスはどうしていますの?」
「ああ、元気で体力が余ってるようだから、畑を耕す手伝いをさせている」
「……耕す」
「ああ、紐で繋いで畑に放すんだ。仕事しなければ鞭が飛ぶ。だが代わりにノルマをこなせば、料理に一品追加だ」
「家畜、ですね」
エック兄様、皆が思ったけれど口にしなかった単語を……堂々と! ぷっと噴き出したのはルヴィ兄様だ。私はぎりぎり堪えた。本当に危なかったけれど。
「話を戻しましょう」
わざとらしい咳をして、エック兄様は誤魔化す。モーリスの話は今でなくてもいいので、私も同意して頷いた。
「デーンズの塔が完成するタイミングで、神殿が暴動を扇動します。神殿より高い建物は、神への侮辱ですから。王や神殿が腐っても、国民の信仰は廃れていません」
「よく貴族が踊ったわね」
「ああ、王を煽てて散財させれば、次の王座に推してやると約束した」
ルヴィ兄様の作戦だったの。でも……。
「皇帝として約束なさったのなら、破ると問題になるのではありませんか」
「安心してくれ。私が約束したのは、空いた玉座に座らせる約束だ」
安心して笑みが浮かぶ。なるほど、考えたわね。物理的に玉座に座らせれば、約束を破ったことにはならない。その上、次の玉座に推すだけ。推薦したが通らないのは、本人の資質や行いの結果だった。逃げ道も残しておくところが、ルヴィ兄様らしいわ。




