61.頭のいい奴はわからん ***SIDEフォルクハルト
俺の兄妹は、驚くほど才能に溢れている。ルヴィ兄の人たらしは有名で、あちこちから優秀な人材を引き抜いた。エック兄は賢い。俺など到底及ばない、違う世界を見ているような人だった。
末の姫トリアはなんでも出来た。短剣の腕はそこらの騎士より上だし、エック兄と対等に話す。頭も良くて腕も良けりゃ、嫁の貰い手に困らない。そう思っていたら、政略結婚を決めてしまった。アディソン王国と揉めた程度の話、俺が片付けてやったのに。
二年振りに四人が揃った。やっぱり国内で一緒にいた方がいい。側にいられるだけでよかった。だから、兄や妹の頼みは断らない。
四つの王国が集まり、軍事同盟を結んだ。ブリュートはすでに陥落し、帝国の属国だ。ならば、残る三つ……アディソンを滅ぼす話なら、絶対に噛ませてもらう。そう宣言したら、監視と回収を頼まれた。エック兄の考えはよくわからん。
突拍子もない話を持ち込み、それが現実になるんだから。実は世界を見通す預言者なのでは? と疑ったこともあるが、違うようだ。トリアも理解しているようだったから、俺の頭が悪すぎるのか? 母上に愚痴は言いたくないが、二人の会話を理解できる頭脳が欲しかった。
体力だけでは、いつか見捨てられてしまう。そんな不安もあった。監視はアルホフ王の帰り道だ。会合に間諜として送り込んだので、保護しろ……ならわかる。だが、殺されるが手出しするな……は理解できん。
エック兄の頭の中はどうなっているのか。トリアがいない場所で命じたから、汚い話は聞かせたくないんだろう。俺も同意見なので、まったく問題ない。
「や、やめっ……ぐっ、ああぁ」
一国の王の護衛だ、それなりの手練れのはずだった。相手が強いというより、護衛の質が悪い。帝国なら実戦に出せない新人同然の騎士を連れていた。これも報告した方がいいな。副官のハイノが、さらさらと手帳に記入していく。
報告書を作るのは、いつだってハイノだ。俺の字は読みづらいらしく、書くのは手紙だけだ。トリアはきちんと返事もくれるので、大切に保管している。報告書のように堅苦しい文章は無理だし、文字を清書しろと言われてもできない。
水に濡れても消えないよう、インクではなく炭を使って記録は続けられた。少数精鋭、わずか五人で監視に当たるため、無駄な戦闘は避けたい。あの程度の連中なら、三人もいれば突破できそうだが……。
眺めている間に、護衛がすべて切り伏せられた。数人は生きているようだが、動けない。こうなると、馬車の中は王ではなく囮か? そう思ったのに、本物の国王が出てきた。何か言おうとしたが、喉を突かれて終わり。泥の中に顔から沈んだ。
獣に食わせて処理するらしい。アルホフ王の親族には悪いが……この死体は俺達が貰う。頭の悪い俺だって、国王の首の使い道を思いつく。エック兄なら上手に使うのだろう。ただ……首以外も必要な理由はわからん。重いから置いていきたいが、宰相閣下のご命令だからな。
「あの賊は切らなくていいのか?」
「見逃すよう指示が出ています。王の遺体だけ回収……うわぁ」
ハイノが嫌そうな声を出した。獣に食わせるの言葉通り、腹を裂いて誘き寄せるつもりらしい。大量の血が溢れ、腑が押し出された。
「雨で良かったじゃねえか。晴れてたら、くせぇぞ」
にやりと笑い、仲間達を鼓舞する。この雨は幸いだ。俺達の痕跡も消してくれるからな。味方してくれる空を見上げ、連中が立ち去るのを待って、死体を処理する。裂かれた腹の中を掻き出し、首にきつく布を巻く。そこから手早く全体を包み、担いだ。
「多少軽くなって良かったぜ」
歩くたびに血が滴るが、このあとの雨が消してくれる。荷馬車の轍すら残さずに。




