56.首謀者はタヌキかキツネか
届いた調査報告書に目を通し、呆れて溜め息が漏れる。寄りかかった椅子から立ち上がり、足音を響かせながら一周して足を止めた。
所在不明だった大神官二人のうち、一人が遺体で発見された。口封じというより、拷問したような状況だったらしい。両手の指と手首が落とされ、首が切り離された状態……腑は引きずり出されていた。腹部の裂傷や腑の損傷については、死後、獣に食い荒らされたのでは? と予測が記されている。
出血があまり見られなかったのね。致命傷は首の切断で、両手の切断は出血量が多かった。ルヴィ兄様に借りた影の報告は、死体の状況を事細かに記録している。
「行方不明になって、しばらく放置したのね」
デーンズ王は捜索の命令を出さなかった。神殿も同じなのか、気になるわね。何にしろ放置された間に、殺された大神官は獣の餌になった。……誰の仕業かしら。
デーンズ王の命令か、それとも神殿内の権力争い? はたまた別の敵がいたのかも。
考え事をしながら部屋を出て、エック兄様の執務室へ向かう。途中でルヴィ兄様に会った。
「エックか? ならば一緒に行こう。私も用がある」
「ええ」
並んで歩く際、当たり前のように私の手を預かるルヴィ兄様は視線を前に据えたまま、小声で話し始めた。
「軍事同盟の内容や締結時期を探ったのだが、一つ面白いことがわかった」
無言で先を促す。
「残りは執務室で」
人に聞かれる可能性がある廊下では、口にできない。もっともな言い分に、ならば最初から切り出さなければいいのに、と思う。ルヴィ兄様って、情報を小出しにする癖があるのよね。早く話したいけれど、重要な部分は後で……といった感じね。
やや歩調を速めると、苦笑いしながらも合わせてくれた。エック兄様の執務室の扉を閉める。この部屋の防音設備は信用できるわ。
「軍事同盟の件、聞かせてくださる?」
「我らがお姫様の仰せのままに」
戯けた口調で返したあと、ルヴィ兄様の声のトーンが低くなった。
「王族同士の話し合いに、なぜか神殿が関与していた。この辺はウルリヒ叔父上も調査しただろうが……ブリュート王国からは神殿の参加がなかった」
意味を捉えかねて、眉根を寄せる。ゆっくり噛み砕く間に、エック兄様が見解を述べた。
「ブリュートの大神官ならびに神殿は絡んでいなかった。そうであるなら、王城陥落後、神殿が素直に対応した件も納得が行きます」
エック兄様によれば、ブリュート王国の民が決起して王家を倒したあと、混乱を鎮めたのは神殿だという。大神官指揮のもと、炊き出しや治療も行われた。
「叔父様の意見も聞きたいわ」
「自分を含めて六人の大神官が賛同した、と聞いている。数は合う」
ルヴィ兄様が呟いた。デーンズとアディソン、アルホフを除いた五つの国の六人の大神官は、毒されていない。
「どこが首謀者かしら……デーンズ?」
「一般的にはデーンズが怪しい」
エック兄様の意見は違った。
「デーンズが怪しく見えるなら、別のどちらかです。王族ならどちらも違うでしょうが、大神官の人柄は口伝えで聞くだけですので……判断が難しいですね」
これだけの策略を練り上げ動かした人物なら、首謀者と疑われるヘマはしないだろう。その予測もわかるけれど。
「逆に疑われやすい立場にして、違うだろうと外してもらう計画だとしたら?」
あり得ないことではない。または私達が深読みし過ぎているだけで、単純な手口だったのかも。私とモーリスの結婚届のときのように……シンプルな手口だからこそうまくいく。そんな事例もあるわ。
神殿のことは大神官に尋ねるのが一番。明日、叔父様を訪ねるとしましょう。




