55.騙して転び裏切られ ***SIDEディーター
持てるだけの金銀をかき集め、袋に詰め込んだ。逃げなければならない。そのためには資金が必要だった。金貨を入れた袋の隣に宝石箱を積み、身につけられるだけの指輪や首飾りを重ねる。持ち上げようとして、あまりの重さに諦めた。
神官の誰かを使うか、神殿騎士を買収するべきだろう。子飼いの神殿騎士を二人呼び寄せ、密かに運び出すよう指示する。自分でも持てるだけ抱えて、用意した馬車に乗った。護衛として雇った神殿騎士二人が騎乗し、随行する。
「っ、まさか失敗するとは」
声が漏れた。噛み締めていた口が緩めば、次々と不満が噴き出す。話を持ちかけたのはアルホフ王国の神殿だった。大神官の序列をひっくり返す案がある、と。帝国が頂点となった形はおかしい、彼はそう口にした。
祖国デーンズ王国の大神官の地位を買収したが、それでも満足できなかった。王宮での権力争いに敗れたのは、事実だ。だが新天地として求めた神殿で、登り詰めても……まだ上がいた。
リヒター帝国の皇女の血を取り入れ、アディソン王国から吾子を奪う。直系の血を引く吾子が手に入れば、アディソン王国を潰すつもりだった。それで証拠は隠滅できる。帝国に滅ぼさせても構わない。
アルホフ王国の大神官ヘルムートの案は、なかなか良くできていた。策略は途中まで問題なく進んだが、なぜか皇女……いや、皇妹となったヴィクトーリアが帰国する。ここから狂い始めた。
カモフラージュとして利用するため結ばせた軍事同盟に、綻びが生じる。ブリュート王国があっさりと陥落したのだ。軍事同盟を結んだのが、仇となった。元帥エーデルシュタインが先陣切って飛び込むと予想したのに、彼は動かなかった。
外交ルートを閉じ、食糧の輸出量を絞り……搦手で落とされたのだ。ブリュートの国民は、王族を引き摺り下ろした。我々は軍事進攻がなかったため、動けずに指を咥えて見ているだけ。気づけば、リヒター帝国の属国が一つ増えた結果に終わる。
今度こそ……そう思ったが、アルホフ王国の王は帝国に恭順の意を示した。これでは軍事同盟が機能しない。アルホフの大神官ヘルムートの策は、悉く裏目に出た。こうなれば、逃げるしかあるまい。デーンズ王は、わしを疑っている。
玉座を狙い、罠にかけようとしたのか、と。そんなはずがないだろう。大神官となった身で、還俗は叶わない。ただの神職とは違うのだ。言い訳と受け取ったのか、従兄の視線は冷たかった。
これ以上は危険だ。神殿内にも、わしの命令に疑問を持つ神官が出てきた。こうなれば道連れと思い、リヒター帝国皇弟だった大神官ウルリヒに毒を盛る。花茶を好むと聞き、華やかな缶で用意させた。
毒を運んだ神官から、飲んで効いたと連絡があり……途絶えた。リヒター帝国に慌てふためく様子はなく、淡々とアルホフ王国への締め付けを強めていく。毒で死んだのではないのか? 生きているとしたら……。
恐怖が足元から這い上がってくる。報復される! その前に逃げるべきだ。従兄王にも何も言わず、金目の物を積んで走らせる馬車が止まる。
「おい! 何をして……っ!」
内鍵を開けた扉から叫んだわしは、熱さと衝撃に声を詰まらせた。護衛として雇った子飼いの二人が、剣を抜いている。だが敵は見当たらず、交戦状態でもなかった。
「……なに、が」
問う声から力が抜け、続いて膝が崩れる。と、腹部に激痛が走った。へたり込んだことで体勢が変わり、突き刺さった刃が腹を裂く。熱さが痛みへと変換され、呻き声が漏れた。
「悪いな、あんたを始末したら……全部俺らの手柄になる。国王陛下が雇ってくれるとさ」
「死者に装飾品は要らねえな」
もう一人が剣を振るった。指を落とされ、血塗れの指輪を拾う男の浅ましい姿が目に映る。咎める口は動かず、ただ浅く息を繰り返した。にやりと笑った男達は首へ剣先を向ける。
「お疲れさん、あんたはここで終わりだ。ディーター大神官様」
首飾りを奪うため、首を落とされるのか。急におかしくなって、大笑いした。いや、そのつもりだったが……首が落ちるほうが早かったかもしれんな。




