54.それは天啓のように ***SIDEウルリヒ
姪へ送った手紙が途中で強奪された。そう聞いて青ざめるが、強奪相手を聞いて溜め息が漏れる。甥の一人であるフォルクハルトだった。裏を心配しなくていい相手だが、悪気なく手紙を放置する可能性がある。
もう一度手紙を出すべきか迷い、紙にペン先を当てたところへ……返事が届いた。読んですぐに考えを纏めたのだろう。最後に、皇帝ルートヴィッヒの婚約者が確定したと追記してある。読み終えた手紙を畳み、封蝋用に用意された火に焚べた。
こうして書類を燃やして処理することが多いため、専用の金属箱が用意されている。燃えたことを確認し、さらに灰を崩して蓋をした。
軍事同盟が王族主導と見せかけ、実は神殿から始まったなら……私の領分だ。皇帝の器は持たぬと言われたが、謀や裏の手配もこなす。皇族を名乗れる程度の能力はあるつもりだ。神殿の頂点を極めた私の足元を崩そうとするなら……。
「終わらせても構わないのですよ」
排除されるまで待つ気はなかった。徹底的に叩き、二度と逆らおうと考えないように潰す。いや、二度と……など甘い考えは捨てるべきか。断罪の神官に弓引く覚悟があるなら、報復も受け入れるべきだ。
戦いの気配に鼻の利くフォルクハルトが気づいたのなら、軍事同盟を調べ直そう。アルホフの動きは、確かにおかしかった。中立を口にしながら天秤が傾くほうへ飛び込む男が、ぐずぐずと先延ばしにした。それが一つの答えだ。
エッケハルトがブリュートの王族を追い詰めたが、神殿には手出しをしていない。大神官はそのまま、神殿内の入れ替えもなかった。だが、彼はすぐに協力を申し出ている。
軍事同盟に巻き込まれたのがブリュート王国、首謀者がアルホフ王国の神殿……ならば所在不明の大神官は害されたか? 立ち上がり、執務に使う書斎を出る。神像が並ぶ祈りの広間へ足を踏み入れた。
大神官の姿に、祈っていた信者が慌てて膝をつく。初老の婦人に手を貸して立たせ、穏やかな笑みを浮かべて人々に祝福を授けた。守護神である正義と断罪の神の前で、ゆったりと一礼する。考え事をするのに、祈りは最適だった。両膝をつき、首を垂れて祈りの手を組む。
神々は神殿に権限を委譲し、現在は積極的に関与しない。その考えが神殿の見解だった。稀に愛し子が現れたり、奇跡が授けられたりする。それでも、神々が神託を下ろすことはなかった。
デーンズ王国、アディソン王国。二つの国の大神官は生きているのか。彼らに大神官を殺すほどの禁忌を犯す覚悟があるかどうか。もし殺されたなら……どこへ遺体を隠す?
外から見たら、一心不乱に神に祈りを捧げる姿だ。内心で物騒な単語が飛び交うとは、想像もできないだろう。ふと……まるで天啓を得たように、絡まった糸が解けた。
所在不明の二人が、敵になった可能性は? 害されたと決めつける必要はない。名を変え、姿を偽り、暗躍する危険を考えるべきだ。デーンズ王国の神官により持ち込まれた毒が、本当に大神官の指示であるなら。
「王族、だったな」
神殿は貴族が集っている。継ぐ家のない子息が、神殿か騎士を目指す。王族で継承権争いに負けた者も、多く在籍していた。大神官は神殿内の投票により決まるが、その票はある程度買える。
消えた二人の大神官は、元王族だった。ならば、王家に影響力を及ぼすこともある。大神官の話に乗って踊った王族が我に返り、原因を排除する可能性はないか。証拠隠滅で大神官が殺害されたなら、遺体を見つけるだけで追い詰められる。
祈りの手を解いて立ち上がり、人々に笑顔を振り撒きながら退室した。忙しくなりそうだ。




