51.あなたを皇妃にしたいの
ミルクティのように淡いブラウン、新緑を思わせる透き通った瞳。日に焼けたように、ややオレンジがかった肌の色。きつい顔立ちは、凛とした印象を与えた。可愛いより綺麗と表現するほうが似合いそう。
丁寧に挨拶するザックス侯爵令嬢オリーヴィアを品定めしながら、笑顔で着席を勧める。庭でのお茶会に使うテーブルセットを使用したのだけれど、椅子の位置をわざと片寄って並べさせた。ルヴィ兄様と私は近く、オリーヴィアは正面へ。
二対一で向き合う形が近いわ。緊張させてしまうけれど、ルヴィ兄様も私もあなたを正面から確かめたいの。
「いきなり呼び出してしまって、悪かったわ。支度など、忙しかったでしょう?」
「いいえ、皇帝陛下、皇妹殿下のお呼びとあれば、いつでも応じるのが臣下でございます」
あら、賢さも気に入ったわ。ただ否定して大丈夫と濁すなら、普通のご令嬢。大変だったと素直に話す馬鹿なら、役立たず。でも遠回しに「これが貴族の役目ですから」と返すなんて。失礼にならないギリギリのラインで、迷惑だと伝えてくる技術に感心する。
呼ばれたら応じるのが役目なれど、気を遣ってもう少し余裕を持って呼んでほしい。そう捉えることができるもの。私は口元の笑みを隠すため、扇を広げた。野薔薇が散りばめられた扇の柄に、彼女は目を伏せる。
絶対に欲しいわ。ルヴィ兄様を見れば、穏やかに微笑んでいる。彼女に好印象を抱いたみたいね。
「噂は知っているか? プロイス王国のベランジェール姫との婚約が、白紙になった件だ」
「噂は耳にしております」
本当に頭の回転が早い人だわ。皇妃としての本来の役目は求めないつもりだったけれど、任せて問題なさそう。お人形として外交や行事、儀式に立ち会ってくれたらと思った。ガブリエラ様のように、毅然と立って役目を果たす女性はいないだろう、と。
オリーヴィアなら任せられるわ。能力と美しさ、何よりルヴィ兄様との相性も良さそう。ほぼ決まりね。
「皇帝ルートヴィッヒ陛下の妃になる令嬢として、あなたの名前が上がったの」
「……はい」
「ザックス侯爵令嬢オリーヴィア、皇妃になってくださらない?」
「お願いであれば……辞退させていただきたく」
語尾を最後まで言い切らない。これも満点の受け答えだった。どうしても欲しい!
「ならば、命じます」
「皇妹殿下が、でございますか?」
あなた様にその権限が? と問うオリーヴィアの切り返しに、ふふっと笑みが溢れる。扇を広げておいて良かった。顔の下半分を隠していなければ、読まれてしまうところ。こんな才女が国内にいて、見落としていたなんて。
私がルヴィ兄様の秘書官を務めようと思ったけれど、皇妃がオリーヴィアなら楽ができそう。実務をすべて預けられるし、サポートも最小限で済む。私の肩書きを、相談役くらいにしておこうかしら。
「権限ならあるのよ。こちらをご覧になって」
事前に用意した書類を広げる。お茶のカップをさりげなく避ける彼女の仕草が、とても優雅だった。気遣いもできるし、ルヴィ兄様にはもったいないかも。
「……畏れ多いことです」
前皇帝夫妻、ライフアイゼン公爵、複数の大神官、宰相、皇帝陛下。彼らの署名の上に、私に権限を与える旨の文章が記されている。才女と聞いて、すぐに用意させたの。正解だったわね。
「足りなければ、他の国内貴族の名前も足すわ」
逃げ場なんてないのよ。そう伝えて待てば、彼女は思わぬ条件を出した。
「一つだけ、お願いがございます。わたくしが子を産めなかった場合の離縁は、ご容赦ください」
驚いて目を見開く。彼女の周辺で、そんな事例があったのかしら。この件については、全く問題ない。
「安心して頂戴、陛下には、すでに皇女殿下がおりますもの」
養女だと言わなくても、理解したはず。オリーヴィアはほっとした顔で、緊張した肩の力を抜いた。
「謹んでお引き受けいたします」
少しの間をおいて、望む答えが返った。




