05.偶然が重なった神の思し召し
「久しぶりですね、トリア。君がこの宮殿に戻られたことを……嬉しく思いますよ」
「まあ、正直ね。エック兄様」
笑い合い、それぞれに椅子へ落ち着く。愛用の椅子は髪色に近いクッションを置いていた。私がアディソン王国へ向かった後も、この椅子は残された。それがすごく嬉しい。私の居場所は、ここなのだわ。
「話は気になるが、疲れていないか?」
ルヴィ兄様の心配に、私は首を横に振る。
「問題ありません。こちら側は街道が整っていますもの」
言葉に嘘はなかった。国境を越えてから、馬車の速度が倍以上になり、揺れは半減した。
帝国内の主要街道は、路面が整備されている。アディソン王国のように、土を圧縮して均しただけの道は、雨が降れば轍ができた。車輪が取られ、馬車の故障も多い。その点、リヒター帝国の街道は石を敷き詰めて造られる。
縦に裂けて割れる岩山を崩し、その平たい石を並べた。その際、下には砂を撒いて高さ調整も行う。雨の水はけも良く、石一枚が大きいため、轍ができにくい。快適な街道は、人と物の流通を促進した。
祖父の代から始まった街道整備は、兄が皇帝を継いだ今も継続している。お陰で、揺れもほとんど感じられない快適な旅を楽しんだ。
「それならよかった」
ここで用意されたお茶に口をつける。エック兄様の手元には、何やら書類の束があった。びっしりと文字が書かれた束は、重そうだ。テーブルの上ではなく、足元に下ろした。
「エック兄、なんだ? それ」
気さく過ぎるフォルト兄様の質問に、エック兄様は肩を竦めた。
「宰相として、姫君の名誉を守るのも仕事です。その書類ですが……フォルトが読んでもわからないでしょうね」
馬鹿にしているように聞こえるが、エック兄様に悪気はない。言われたフォルト兄様も、けろりと流した。
「そっか、難しいことはエック兄に任せる」
外から聞くと、ハラハラする会話だった。喧嘩が始まりそうだけれど、いつも何事もなく終わるのよ。
「では、トリアの話を聞こう」
「ええ。私が事態に気づいたのは、偶然でしたわ」
本当に偶然の産物で、もしかしたら今も変わらず過ごしていたかもしれない。まだ夫婦ごっこをしながら……あの人の帰りを待つ。ゾッとするわね。
自然と表情が固くなった。
「お兄様達にご連絡する数日前、用があって神殿に向かいました」
あの日は天気が悪かった。雨がしとしとと降り続け、できれば家にいたかったけれど。ぽっかり予定が空いてしまい、以前から気になっていた件を片付けに向かったのだ。
神殿には先触れを出し、しっかり準備を整えてから出かけた。可愛いイングリットに授ける祝福の守り袋を受け取る。執事や侍女に代理を頼むことも可能よ。でも私は自分で受け取りに赴いた。それこそ、神様の思し召しかしら。
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お読みいただきありがとうございます。変なところで切ったので、本日もう一話更新します。