46.例え話は難しかったみたいね
リヒター帝国の東側に位置するシュナイト王国、南側のイェンチェ王国は事実上の属国よ。後ろから襲われる心配がないから、北と西の敵に対峙していられる。シュナイト王国にはお父様の妹姫が嫁いで王妃となった。
イェンチェ王国の姫が、皇妃となったガブリエラ様なの。正確には、公爵家のご令嬢を引き取って養女とし、政略結婚に利用した形ね。幼い頃から王宮で育ったガブリエラ様は、お淑やかとは正反対に育ったけれど。イェンチェ王国自体が、特殊な環境なので当然かもしれない。
少数部族の集まりであるため、国は常に強者が頂点に立つ。老若男女関係なく、強ければ正しいの。王家で育ったガブリエラ様が強いのも、その影響ね。
「お兄様方、ここを落としましょう。でも、表からではなく……裏からこっそりと」
ルヴィ兄様の執務室で顔を突き合わせ、四人で会議を行う。兄弟集まっての悪巧み、とも言うわね。大きめの執務机に広げた地図の上部、北の一角を扇の先で示した。
すでに落ちたブリュート王国より西寄り、縋り付いてきたアルホフ王国だ。ブリュートは叛逆でがたがたに崩れ、内政が機能していない。そこへ帝国から支援の名目で、穀物と人材を送り込んだ。
帝国の兵士が治安を維持し、不要な暴動を抑える。これにより、略奪や暴行事件が激減した。飢えた国民へ穀物を与え、懐柔していく。卑怯な手に見えるけれど、使い古された手法は有効なのよ。効果が高いから、何度も採用されてきたんだもの。
ブリュートは間もなく、民自らの決断で落ちてくる。ならば、次は軍事同盟などに加担したアルホフ王国だろう。アディソン王国はまだ先ね。震えながら断罪の日を待つといいわ。
「アルホフか……ブリュートと同じ手は、芸がないな」
ルヴィ兄様が眉根を寄せる。私はコンラートの調査結果を地図の上に置いた。
「すでに嘆願が届いているのなら、話は早いわ。裏切らせましょう。酸っぱい林檎を食べる必要はないもの」
首を傾げるフォルト兄様へ、エック兄様が丁寧に説明する。
「敵を、腐りかけの林檎に喩えたのでしょう。ブリュートは地に落ちた林檎、急いで拾う必要はありません。ですが、完全に腐った二つの国は、叩き落とすだけです。タイミングを狙って枝ごと切れば問題ありません」
「それで?」
フォルト兄様、わかっているのかしら。
「問題はギリギリの林檎です。アルホフ王国がこれに当たりますが、裏切りという加工を施してデーンズ王国に食わせるのが、トリアの作戦です」
「……全部叩き落として捨てたらダメなのか?」
面倒になったのね。フォルト兄様には、苦手な話ね。
「ブリュートと同じ方法で苦しめて、アルホフを完全に手中に収めるの。デーンズ王国への盾として利用しながら、情報をこちらへ引き抜く。わかったかしら?」
心を折って粉々に砕き、逆らう気など消し去る。その上で、デーンズの動向を探る諜報役として利用し、最後は工作員として使い捨てる予定だった。
「ああ。さすがトリアだ。エック兄の何倍もわかりやすい」
「脳筋め」
思わず吐き捨てたエック兄様は、咳払いして口調を直す。
「失礼しました。頭の出来を考慮して話すべきでしたね」
盛大な嫌味に、フォルト兄様は反応しない。きょとんとした顔で「次からはわかりやすく頼む」と言い放った。がくりと肩を落としたエック兄様には悪いけれど、笑いを堪えきれない。後ろを向いたルヴィ兄様も肩が震えていた。
エック兄様がお気の毒だけれど、フォルト兄様の鈍さには勝てないわ。




