43.足元から崩れた ***SIDEベランジェール
プロイス王国は山脈と海に囲まれている。領地が接する国は、アディソン王国とリヒター帝国のみ。帝国に至っては、わずかに領地の一部が触れる程度だった。
圧倒的な武力と権力を持ち、かつて大陸を支配したリヒテンシュタット帝国の末裔。その肩書きとリヒター帝国の影響力を鑑みて、政略結婚先に選んだ。私ほどの美貌と才能があれば、どの国でも欲しがるはず。
プロイスの真珠と言われる才色兼備の美女が相手なら、リヒター帝国の皇帝陛下でも落とせるわ。自信満々で訪問した。そこで待っていたのは、金髪碧眼の美男だった。これなら私と並んで遜色ない。そう判断した私は、柔らかく微笑んで挨拶する。
豪華な宮の造りで財力を推し量り、落ち着いて地味な装飾に内心で溜め息を吐く。もっと煌びやかで華やかにしたいわ。私が皇妃になったら、すぐに内装の変更を伝えなくては。我がプロイス王国のように、飾り立てるべきだわ。
母国から優秀な人材を送り込み、戦わずして帝国を乗っ取るの。この策略は長期計画の上、私自身を危険に晒す。それでも決行する価値があった。お父様やお兄様もそう認めている。
婚約者の地位を固めるために滞在した結果、計画の邪魔になる存在を発見した。まず、重要なポストに皇弟が就いている。政を掌握する宰相や軍の総司令である元帥が、腹違いの弟によって占められていた。加えて、唯一の姫である皇妹の影響力が大きい。
前皇帝夫妻は奥の宮に引っ込んでいるが、彼らの権力も衰えていなかった。皇帝といっても、ルートヴィッヒの独断で動かせる兵も財もないじゃない! お飾りならそれらしく無能で操られていればいいものを、私の言動に口を挟んでくる。
言い争いになり、一時帰国した。反省するといいわ。私以上に皇妃に相応しい女性などいない。高貴な生まれと美貌、有能さを示す知識量や頭の良さ……誰も勝てやしないわ。
すぐに頭を下げて、帰ってきてくれと泣きつくはず。そう思ったが、待てど暮らせど連絡がない。それどころか、結婚して出ていったはずの皇妹が戻ってきた? 見た目は綺麗だけれど、棘だらけの薔薇のような女……ヴィクトーリアが宮殿に入った。
出戻りと嘲笑う反面、彼女が宮殿に居座る可能性に気付いた。もう婚家に戻る必要がないのよ。どうしよう。早くしなければ、私の立場が危うい。けれど、自分から帰るわけにいかないわ。請われて戻るのでなければ……絶対に!
意地を張る私に、家族は不安を隠さなくなった。いつまで待っても連絡はなく、やがて一通の報告書が届く。前皇妃が、公式の場で着用したティアラが、正式に娘に譲渡された? 出戻りのくせに、私が受け継ぐべき宝飾品を手に入れた? あれは権威の象徴なのよ!
もう待っていられない。準備して乗り込んでやる。そう思った矢先、一通の公式文書が届いた。きちんとした使者を立て、お父様と共に謁見の間で受け取る。
やっと謝る気になったのね。ルートヴィッヒは皇帝だから、きっと強気な言葉を並べてくるわ。それでも謝罪の意思を汲み取って、許してあげても……。
「……っ! 婚約の、解消?」
お父様の息を呑む音が、やけに耳に残った。解消? そんなはずがないでしょう。婚約者はこの私なのよ? 断るバカがどこにいるの! お父様の手から引ったくるように奪った通知には、はっきりと婚約の解消が記されていた。それもお伺いではなく、決定事項として。
上位から下位へ申し渡すように。婚約を解消したと過去形だった。
「嘘、よ」
「では失礼致します」
膝から頽れた私が座り込むのを見つめた後、使者はゆったり一礼した。踵を返して帝国へ戻る後ろ姿を、呆然と見送る。
なぜなの? どうして? 私は帝国を支配し、他の王国も含めた大陸の頂点に君臨する女帝になるはずだったのに。




