42.権力でゴリ押しするおつもりね
可愛い弟である叔父様の願いと、私とクラウスの婚約を大々的に広めたい思惑と。両方が重なった結果、お父様は荒っぽい方法を選んだ。
「守護する神々のご加護だろう。さすがはウルリヒ大神官殿だな。我が皇家に伝わる秘薬がここまで効くとは」
とかなんとか。無茶苦茶な言い分で、回復したことにしてしまった。大陸最大勢力であるリヒター帝国の、前皇帝の言葉を否定できる人は少ない。その一人であるガブリエラ様も、艶やかな微笑みで追従した。これでほぼ決定ね。
「荒っぽい方法ですこと」
「こういう話はな、堂々と言い切った方が真実味があるものだ」
お父様はからりと明るく笑い、盛大な嘘を正当化した。叔父様も、タイミングをずらして騒動を起こせばよかったのに。私やイングリットのことを優先し、己の命を天秤にかけるなんて、やめていただきたいわ。
家族の集まる奥の宮で、額に手を当てて溜め息を吐く。私の政略結婚の不備が、こんな騒動に発展していくなんて。想像もしなかったわ。せいぜいが、あの忌々しいモーリスの爵位を剥奪し、平民として放逐する程度の計画だったのよ。
後から後から、策略やら謀略やら……果ては国取りの話まで出てきた。お陰でどんどん騒動が大きくなるわ。ソファーに背を預け、行儀悪く体を預けた。
「前倒しになった婚約式ですが、衣装が間に合いませんね」
エック兄様は淡々と事実を突きつける。その言葉の裏には、他国の王族や帝国貴族の都合は含まれなかった。呼んだら来い、間に合わなければ切り捨てる。そんな残酷な響きが含まれていた。
「宝飾品は間に合うのかしら?」
「それなら、私のとっておきを使うがよい」
ガブリエラ様は微笑み、優雅に扇をひらりと動かす。頷いた侍女が動き、後ろの棚から宝石箱を持ち出した。どうやら事前に準備していたみたい。テーブルの上に置かれたのは、周囲に彫金が施された豪華な宝石箱だった。蓋に埋め込まれているの、真珠とサファイアよね。
「これなら不足あるまい」
躊躇う私をよそに、ガブリエラ様はさっと箱を開けた。中から現れたのは、美しいティアラだ。中央に親指の爪ほどもあるサファイア、周囲にこれまた大粒のピンクの宝石……まさかこれもサファイアなの? それからアクセントのように、小粒のルビーが輝く。
「ガブリエラ様……これは、その」
「皇妃として、公式の場で使用するティアラだ。もう皇妃の座は退いたゆえ、義娘に渡してもおかしくなかろう」
「……そういうものは、私の妻が引き継ぐのではありませんか?」
苦笑いしながら指摘するルヴィ兄様に、ガブリエラ様は首を横に振った。
「とんでもない! これは私の誇りであり魂も同然だ。よその王女などに渡せるか」
今の言葉には、王国は帝国の付属品という意味が込められている。それと同時に、べランジェール王女は皇妃に相応しくないと言い切ったも同然だわ。まあ、私も同じ意見だけれど。
ルヴィ兄様の妻としてなら、私達が口出しする必要はないの。でも、リヒター帝国の皇妃は別よ。ガブリエラ様にしたら、力量不足が目立つ上、ルヴィ兄様に逆らう姿勢も気に入らないでしょう。私が耳にした噂だけでも、皇妃として認める気になれないもの。
「母上がそう仰るなら、構いませんよ。トリアのほうが似合うのも事実ですし」
ルヴィ兄様はあっさり引いた。これは……皇帝陛下の婚約者の座が、空きそうね。また争奪戦が始まるのかしら?
「兄上、面倒を起こさないでください。僕の仕事が増えてしまいます」
ぼやくエック兄様の肩を、フォルト兄様が叩いた。力が強かったようで、エック兄様が嫌そうに顔を顰める。
「ルヴィ兄の妻じゃなくて、新しい皇妃探しだろ? 他の仕事は誰かに押し付けちまえばいいさ」
脳筋なのに、意外といいところに気づいたわね。フォルト兄様の野生の勘は、実母だった側妃様譲りかもしれないわ。




