04.きちんとした帰宅の挨拶を
「偉大なる太陽、第二十一代リヒター帝国皇帝、ルートヴィッヒ陛下へ、リヒテンシュタイン家ヴィクトーリアがご挨拶申し上げます」
フォルト兄様の手を借りて馬車を降り、大勢の貴族と騎士を従えたルヴィ兄様に挨拶をする。未婚で戻ったため、元の家名を名乗った。従うアンナにイングリットを預けて両手でスカートを摘み、最敬礼である深い跪礼を行う。
皇帝以外に披露することのない跪礼は、地面に膝をつくほど深く行うのが作法だった。正式な対応に、駆け寄ろうとしたルヴィ兄様は深呼吸する。これは人目がある儀式なのだから、手を抜いてはダメよ。
「夜を司る月の花、リヒター帝国の美しきヴィクトーリア姫の帰還を歓迎する。我が手を取られよ」
「ありがとうございます」
にこり笑って、長兄の手を借りた。この姿勢から自分の力だけで立つのは、すごく疲れるの。助かるわ。
「お久しぶりです、ルヴィ兄様。イングリットもご挨拶させてくださいな」
「もちろんだ」
アンナから娘を受け取り、ルヴィ兄様に見せる。抱く人が変わって目が覚めたイングリットは、大きな目をぱちりと瞬いた。リヒテンシュタイン王家に伝わる、真っ青な瞳に私と兄が映し出される。
「顔立ちも色彩も、間違いなくリヒテンシュタインの血筋だ。我は姪イングリットと養子縁組を行い、皇女として優遇しよう。そのように記録し、そのように取り計らうように」
命じることに慣れた声が、イングリットの存在を肯定する。ほっとした。これでイングリットが奪われる心配は消えた。私の懸念を先読みしたのは、エック兄様かしら。
丁寧に挨拶する貴族達に微笑んで頷く。無事に戻った私の存在を疎む者もいるでしょう。でも、表立って皇帝に逆らう愚を犯す貴族はいない。皇帝騎士が剣の柄に手を置き、最敬礼で迎えた。
皇族を守るためだけに存在し、命令で家族すら犠牲にする覚悟を示した者達。見知った懐かしい顔触れに口元が緩んだ。
「また、よろしく頼むわ」
「「「おかえりなさいませ、姫様」」」
かつての護衛騎士や侍女達に囲まれ、ようやく帰ってきた実感が湧く。貴族の目から離れ、宮殿の奥へ進んだ。居住区域に入るなり、全員の表情が和らぐ。
「ルヴィ兄様、事情を説明いたしますわ」
「そうだな。お茶でも飲みながらエックを待とう」
公的にはルートヴィッヒ兄様だが、愛称は短くしてルヴィ兄様と呼ぶ。結婚前と同じ呼び方に、兄の表情が柔らかくなった。入室した居間は広く、家族が集まって寛ぐ場だ。兄三人と私は全員、母親が違う。腹違いだが、幼い頃から仲が良かった。
代替わりして母親達が離宮に入ったタイミングで、この部屋が作られている。上質だが華美ではない家具、カーテンや絨毯は落ち着ける緑を多用した。目に優しいアイボリーの壁は、いくつか風景画が飾られ華やかだ。
「同じですね」
「模様変えをするのは、いつもトリアだからな」
「トリアがいなければ、誰も弄らない」
フォルト兄様が肩を竦め、ソファーにどかりと腰を下ろす。離れたソファーに優雅に座ったルヴィ兄様は、背に翻すマントを綺麗に捌いた。綺麗な金髪をかき上げる。いつもながら眩しいほどに輝かしい兄だわ。
「ルヴィ兄様、イングリットを休ませますね」
「エックは残念がるだろうが、もう眠そうだ」
ルヴィ兄様の許可を得て、アンナがイングリットを抱き上げた。騎士達に守られ、移動する。廊下から泣き声が聞こえて、ほぼ同時にエック兄様がゆったりと入室した。