38.最悪の連鎖 ***SIDEデーンズ国王
リヒター帝国は邪魔だ。あの国がある限り、王国はすべて格下になる。世界を制したリヒンテンシュタット帝国から別れ、最初に国を興したのがデーンズ王国だ。我らにこそ、大陸制覇の権利がある。
リヒター帝国の領土は、かつての大帝国の二割ほどしかなかった。正面から戦うには、デーンズ王国の位置が悪い。大きく裂けた大地のため、北側へ回り込む必要があった。凍てつく北の大地を抜けるには、短い夏を利用するしかない。その先には山脈もあった。
攻め込んでしまえば、翌年まで戻れぬ。だが、海と北の寒さがあるから、デーンズ王国は潰されずに大きくなれた。小さな領地をいくつも潰し、統合された国だ。一つに纏めた先祖の苦労が偲ばれる。
いまだに大陸の中央に構えるリヒター帝国と、正面から戦う道は諦めた。代わりに搦め手を思いつく。海を挟んで交流のあるアディソン王国、彼の国を利用しよう。リヒター帝国と我が国の間に位置し、ちょうど代替わりしたばかり。
自尊心は高いが経験と能力に欠けるアディソン王を煽てて、その気にさせた。リヒター帝国の領地が手に入ると……囁きに舞い上がった愚王は、帝国の姫を奪う。婚姻という形をとり、人質にするためだ。
可愛がられ、才気に溢れた皇妹が嫁げば、アディソン王国と戦えまい。その間に戦力を移動させ、アディソン王国を踏み台にして攻め込む予定だった。
なのに、あの阿呆が! 何をとち狂ったのか。婚姻届を出さなかった。手違いではなく、故意に! まだ兵を動かし始めたばかりで、帝国と戦う準備はできていない。にも関わらず、帝国の姫に逃げられる始末。泣きついてきたアディソン王の書状を、腹立ち紛れに破り捨てた。
「っ! あの愚物がっ、この程度の足止めもできぬのか」
我が国の将軍であったなら、首を刎ねているところだ。そこへ、情報が舞い込む。神殿に入った貴族家の子弟らによれば、姫は元帥に守られ帰国した。その娘は皇帝の養女になった、と。
ブリュート王国陥落の知らせが遅れて届き、頭を掻き毟る。なぜ、このような事態になった! どうして言われた通りにできないのか。我の作戦通りに動けば、まだ姫を留めておけた。人質として盾にして、帝国の抵抗を削ぐこともできたというのに!!
大丈夫だ、まだアディソン王国が使える。あの国にすべての責任を押し付け、撤退しよう。一度引いて、改めて攻め込む算段をすればいい。山脈と氷の大地が我が国を守る。さらにアルホフ王国が、その間を塞いでいた。海はこれから荒れる季節に入り、船も使えない。
半年は安泰か。帝国を潰す計画は、また練り直すとしよう。
「ご報告申し上げます」
駆け込んだ伝令は、耳を疑う情報を持ち込んだ。神殿が動く? 調査という名目で、各国の神官が選別されるだと!? くそっ、貴重な情報源が絶たれるではないか!
アディソン王国が指示通りに動いておれば、ブリュート王国が持ちこたえていたら。こんな事態にはならなかった。腹立たしさに、テーブルに用意されたグラスを床に叩きつけた。鋭く割れた破片が、我を責めているように思えて、怒りに任せて踏みつけた。




