35.陞爵の裏の思惑が透ける
「私が公爵、ですか」
呼び出されたローヴァイン侯爵は、驚いた顔をする。突然の呼び出しに快く応じた彼は、きっちり締めた襟に触れた。だが緩めることはなく、襟元の指を離した。
「ええ。皇帝陛下も宰相閣下も承認なさったわ。それに、私とエック兄様の推薦なの」
呼び方を使い分ける。公的に承認され、私的に応援すると伝えた。こういった言い回しは、彼の得意分野のはずよ。皇族が後ろに付くという意味を、ローヴァイン侯爵は上手に使えるはず。
「クラウスと、お呼びください。いつものように……」
意味ありげな口調と笑顔に、お父様の意図を理解した。そういう思惑があったのね。
「これからもずっと?」
「そうなれば、光栄です」
リヒター帝国の公爵家はすべて、皇族の血が入っている。皇弟が婿入りしたり、家を興したり。皇女が嫁いだ家もある。何らかの形で、数世代の間に血が混じっていた。
新しい公爵家を興す方法はいくつかあるが、陞爵を指示した思惑は簡単よ。私が嫁げばいいの。陞爵できる侯爵家は少ない。飛ばして伯爵家から探してもいいが、独身の当主は限られた。
お父様の頭の中に、エック兄様の学友であったクラウスがいたのだわ。だから陞爵を口にした。子を産んでも、公式記録での私は未婚になっている。侯爵家に嫁げば、公爵家に格上げされるの。慣例通りよ。
戻った私がいつまでも皇宮に残れば、嫌がる人も出るわ。ルヴィ兄様の婚約者、プロイス王国のべランジェール姫がそうね。小姑が残れば、女主人として皇妃の采配は振るえない。まあ、そうなったら爵位の一つももらって独立するつもりだったけれど。
国内貴族に嫁ぐなら、すべてが丸く収まるわ。皇族の体面、イングリットの未来、私の居場所……エック兄様の補佐にクラウスを置いて、彼の貢献に報いることも可能だった。
「あら、出戻りらしいわよ?」
ふふっと笑って意地悪を口にする。
「おや、そのような発言をした愚者がおりましたね。もうお見かけしませんが?」
あなたが片付けたではありませんか。笑顔でそう返すクラウスに、彼ならいいかしらと思う。嫁ぎ先として彼の名を挙げたのではないけれど、考えるほどに最適の選択だと思えた。
「帝国に忠誠を誓えるかしら」
「陞爵より、あなた様を得たいと……望みます」
熱い視線を向けられ、頬が赤くなるのを感じる。お父様にしたら、今度は私を国内に残したい。ガブリエラ様も賛同したから、国内貴族から選べと言ったのでしょう。
エック兄様もクラウスの為人を知っているから、彼を選択した。人を見る目に自信があるルヴィ兄様も、あっさり支持する。フォルト兄様は……私が選んだならと認めてくれるわね。
「私に、あなた様を幸せにする権利をくださいませんか? どうか、この手をお選びください。ヴィクトーリア姫様」
さっと立ち、優雅に膝を突いて愛を乞う。素敵ね、心が揺れてしまうわ。政略ではなく、けれど多少の打算と思惑が入った手に、そっと私の手のひらを重ねた。
「いいわ。私の夫になる栄誉を与えます。ただし、裏切ってはダメよ? クラウス」
臣下として新しい夫として、認める。そのために彼の名を呼んだ。嬉しそうに微笑み、私の手の甲へ唇を寄せる。けれど触れるフリだけで離れた。礼儀作法も問題ない。増長して身勝手に振る舞うこともしない。態度で示された忠誠に、私は頷いて応えた。
「トリアと呼ぶことを許します」
「ありがとうございます。いつか、トリア様にお伝えしたいことがあるのです」
「聞ける日を楽しみにしているわ」
今は伝えない。彼の判断を尊重し、穏やかに返した。触れ合う手を離す。その一瞬にクラウスは目を閉じた。まるで痛みを耐えるように。
その感情が演技でないことを祈るわ、クラウス。私のためにも、あなたのためにも、ね。
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