34.二つ引いて一つ足す
捕物が終われば、片付けが始まる。手慣れた様子で指揮を執るのは、エック兄様だった。
「それは廃棄してください。こちらはまだ……ああ、ワインが割れずに残りましたか」
「わしが飲む」
割れずに生き残ったワインへ、お父様が笑顔で手を伸ばす。エック兄様は肩を竦めたが、何も言わずに見逃した。ガブリエラ様はなぜか席に座ったまま。そういえば、捕物にも参加しなかったわね。
「ガブリエラ様?」
「ふむ、メインディッシュはまだか」
この状況で食事を続けるおつもりだったの? 片付けの邪魔になるので、隣室へ移動をお願いした。先ほどまでフォルト兄様と騎士達が隠れていた部屋は、思ったより綺麗だ。副官のハイノが、落ちたゴミを拾っていた。
微笑んで会釈すると、一礼して下がる。礼儀作法も問題ないし、実力は言うに及ばず。フォルト兄様の補佐でいいのかしら。人材の無駄遣いのような気がしたものの、あの人がいないとフォルト兄様が使い物にならないわ。適材適所な気がしてきた。
「おお! 美味そうだ」
運ばれたのは二人分の食事、お父様も奪ったワインを空けて席に着く。優雅に食事を続行する二人に、ふふっと笑いが漏れた。
「トリアは食わんのか?」
「ええ。あとで頂く予定ですわ」
雑談を交わしながら、手にした鋼の扇を畳む。この骨部分で叩いて、広げて攻撃を逸らす。短剣の護身術が役に立ったわ。
「その扇、もう少し重さがあったほうが良いぞ」
ガブリエラ様が思わぬ忠告をする。その間も、彼女の手はカトラリーを操っていた。音もなく肉を切り分け、口に運ぶ。上品な仕草の後、唇についたソースを行儀悪く舐めとった。赤い舌が色っぽいわ。
「先ほどの振りを見る限り、トリアには軽すぎる」
「検討しますわ」
武器として使うには重さが必要だけれど、持ち歩くなら軽いほうが楽なのよね。兼ね合いが難しい。でも普段は別の扇を持つのだし、重くしようかしら。
「トリア、侯爵家を一つ陞爵させろ」
お父様はにやりと笑う。何か気づいたの? ルヴィ兄様やエック兄様と相談しましょう。
「ちょっと尋問に行ってくる!」
散歩に出かける気軽さで言い放つフォルト兄様に、一つ忠告した。
「尋問よ? 拷問しないで」
違いを理解してるの? ハイノを連れて行ったから、たぶん平気ね。まだ使う予定だから、死なせちゃうと困るのよ。
「任せろ!」
まったく当てにならない返答を残し、フォルト兄様は出て行った。元帥の勲章がついた上着を忘れているわ。届けてくれるよう騎士に頼み、ライフアイゼン公爵こと、じぃを呼び寄せた。
「ライフアイゼン公爵に頼みたいことがあります」
「もう老体ゆえ、お断りしても?」
「お願い、じぃ……頼み事を聞いて?」
「……やれやれ、小さな姫様に頼まれては、断れませんな」
もう小さくはないけれど、彼にとって私は孫も同然。可愛がってくれたじぃを利用するのも、私が成長した証よ。
承諾したじぃを見送り、夫人とも改めて挨拶を交わす。久しぶりだけれど、元気でよかったわ。帰りの安全を確保するため、三人の騎士をつけた。
「さて、陞爵させる侯爵家の選定をしなくてはいけないな」
ルヴィ兄様の一言に、頭に浮かんだ人物がいる。私とエック兄様の意見は一致していた。
「ローヴァイン侯爵はどうかしら」
「ローヴァインはいかがでしょう」
情報通で皇族に好意的な人よ。早くに両親を亡くし、侯爵家を親族から守り抜いた実力者。エック兄様の友人でもある。
私達が異口同音、同じ人物の名を口にしたことで、ルヴィ兄様の気持ちも決まった。
「ローヴァイン公爵、悪くない」
お父様とガブリエラ様は、こちらを無視して食事を終えた。カモフラージュで用意したデザートまで、ぺろり。やだ、今頃になってお腹が空いてきたわ。




