33.合図するまで「待て」でしょう?
※一部を修正しておりますので、ご報告します。
・トリアの嫁ぎ先、スチュアート侯爵⇨公爵
・ ウルリヒ叔父、フォルト兄様の母の従姉⇨トリアの母の従姉
など。他に一部言葉遣いや細かな言い回しの変更があります。
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「エーデルシュタイン大公、いえ……フォルクハルト兄様は毒で倒れてなどおりませんわ」
これは本当よ。だってピンピンしているし、今も隣の部屋で聞き耳を立てているもの。笑いを堪えるせいで、声が震えた。それを強がりと判断したのか。ギーレン公爵も加わって、ノイベルト公爵が墓穴を掘る。
「いやいや、我々にも独自の情報網がございます」
「そうだとも。毒に倒れた元帥閣下を心配して、悲鳴をあげたと聞くぞ」
ここまで自白して平気なのかしら。自分が皇帝になるから、握り潰せるとでも? いえ、それ以前ね。だって、ここまでお粗末な策略を披露し、自分から喋る男に皇帝は無理だもの。
「まさか、お亡くなりになったとか?」
ノイベルト公爵夫人が口を滑らせた。ああ、なんて愚かなの。今の一言で、あなたの首が飛ぶというのに。不敬の何たるかも理解しない。皇族と血縁関係がある家は公爵を名乗れるが、両家の間には果てしなく深くて幅の広い溝があることも知らないのね。
「亡くなった? あり得ない。俺はこの通り無事だからな!」
ばーんと扉を壊す勢いで入ってきたフォルト兄様に、額を押さえてしまう。一緒に隠れていたハイノが申し訳なさそうに頭を下げる。副官として止めに入ったものの、弾き飛ばされたのね。可哀想に、肩を押さえているわ。
「フォルト兄様……私の合図を待つ約束だったのでは?」
「す、すまん! だが!」
「もういいですわ。捕えて頂戴」
よしきた! 元帥の階級章がついた上着を脱いで放り投げ、フォルト兄様が飛び掛かる。ノイベルト公爵は足がもつれて倒れ、あっという間に捕縛された。悲鳴をあげて逃げようとしたノイベルト公爵夫人は、隣に座るルーベンス公爵の椅子に躓いて転ぶ。
受け身どころか、顔から手もつかずに転んだわ。痛そう。ルーベンス公爵はわざと立ち上がった。その際に当然だけれど、椅子は後ろへ押される。そこに引っかかった形ね。私が微笑むと、ルーベンス公爵は優雅に一礼した。よく見れば、ルーベンス公爵夫人も、椅子で逃げ道を塞いでいる。
出口へ向かおうとしたギーレン公爵は、一人で走った。数歩で騎士に追いつかれ、二人がかりで拘束される。事情を知らなかったのか、ギーレン公爵夫人は固まっていた。もちろん、一度捕縛させてもらうわ。疑惑が晴れたら解放するけれど、家は取り潰す予定よ。実家に戻れるといいわね。
「ほっほっほ。お見事でしたな、小さな皇女様……いまは皇妹殿下でしたか」
昔の呼び名を口にするのは、ライフアイゼン公爵だ。自分は壁際に張り付いて、安全を確保している。指摘したら「邪魔にならぬように控えておりました」と返ってくるでしょうね。
「じぃも元気そうで何よりね。壁際に逃げるのはどうかと思うけれど?」
「足を引っ掛けてやろうとも思ったのですが……なにしろ年寄りゆえ。お許しいただきたい」
足が折れるから逃げたと言い訳する。その鍛えた立派な足と腕、筋肉が負けるかしら。がっちりした体格は、フォルト兄様の将来みたいよ。
立ち上がって優雅に挨拶をするライフアイゼン公爵夫人に応じようとしたところ、突然影が動いた。ギーレン公爵夫人よ。錯乱したのか、夫に何か命じられていたか。髪飾りの簪を抜いて、私に襲いかかる。
「っ!」
「トリア」
叫んだのはどの兄様? ガブリエラ様ではないわね。キン、と甲高い音を響かせ、簪が折れる。私の手に広がるのは、鋼で作られた扇だった。鉄より密度の高い鋼を精巧に組み上げた扇を振るう。皇女らしくないから普段は前に出ないけれど、護身術くらい嗜んでいるわ。
乱れたドレスの裾を直す。短剣の扱いは師匠のお墨付き、私の特技でもあるの。先代騎士団長を思い浮かべ、つい口元が緩んだ。久しぶりに師匠に会いたいわ。




