32.犯人しか知らない秘密でしょう
「珍しい席順ですな」
ノイベルト公爵が不満そうに呟く。適当な答えではぐらかしながら、彼の苛立ちを煽る単語を選んだ。皇帝だから、特別な方だから、などの言葉にいちいち反応している。
皇帝であるルヴィ兄様が着座したのを合図に、食前酒から。通常は白ワインを果汁で割ることが多いけれど、赤ワインを用意させた。これはライフアイゼン公爵家への合図よ。
「お招きいただき、ありがとうございます。妻ともども、楽しみにしておりましたが……何かご不幸でも?」
口火を切ったライフアイゼン公爵家は、完全に白だった。事前情報は何も漏れていないし、赤ワインでの合図にきちんと対応している。皇帝の影を使った調査にも、引っ掛からなかった。さすがは忠臣と名高い一族ね。
ライフアイゼン公爵は、ゆったりとした口調に心配を滲ませる。何も知らないが、そのヴェールはどうしたのか、問う響きだった。四つの公爵家の筆頭でありながら、末席を与えられた意味も理解している様子。落ち着いた対応には、皇族への信頼が窺える。
「おお、ワインに致死量の毒が盛られたと聞きました。欠席なされたエーデルシュタイン大公閣下の身は、我々も案じております」
善人のような顔をして、ノイベルト公爵が話に乗ってくる。妻も同様だった。
「ええ、夫から聞いて心配しておりました。容体をお伺いしても構いませんか」
親族だから心配、そんな口調を裏切るように目は輝いていた。現在、ノイベルト公爵の皇位継承権は八位よ。期待しても、皇妃の座がノイベルト公爵夫人に回ってくる機会はない。そんなことも理解できないだなんて。
予定通り私は無言を貫く。ガブリエラ様はさらに俯いた。笑って肩が震えているわ。でも相手は自分達に都合よく解釈した。泣いているのだろうと。
あのガブリエラ様よ? 泣くとは思えないわ。フォルト兄様を蹴飛ばして、さっさと生き返れと叫ぶタイプなのに。
運ばれた前菜はエビと青菜、白身魚が中心のカルパッチョだ。希望を聞いて、侍従達が香辛料をかけた。胡椒なのだけれど、皿の上で砕くの。大粒なら続行、小粒なら中止を意味する。かなり大きな粒が落ちた。
「もっと細かくしてくれ」
意外な要望を出したのは、ギーレン公爵だった。合図を知らないはずだけど、もしかして情報を掴んでいるの? そっと扇を動かせば、エック兄様が応じた。
「エーデルシュタイン大公は欠席の連絡がありましたよ。毒殺など、デマですね。それより、我らが姫君の帰還を祝いましょう」
話を逸らした。そう感じたのか、ノイベルト公爵は食いついた。何とかしてフォルト兄様の情報を聞き出そうと、言葉を変えながら探りを入れる。ルーベンス公爵家は無言を貫いた。状況が掴めてきたわ。
動いた叛逆者はノイベルト公爵、ギーレン公爵よ。ルーベンス公爵家は、これ以上の失態を避けるため静観ね。公爵令嬢がやらかした後、社交界で肩身の狭い思いをしたから。どちらにも加わらない中立を選んだ。
こちらの味方であるライフアイゼン公爵は、ぺろりと前菜を平らげて食前酒も飲み干した。二心なし、万が一毒を盛られても従うと意思表示する。大したご老人だわ。
年代で分けるなら、ライフアイゼン公爵は祖父に近い。叔父ウルリヒと同年代がノイベルト公爵やルーベンス公爵。代替わりして兄より年上なのがギーレン公爵だった。
のらりくらりと話を逸らしながら、エック兄様が応対する。お父様は厳格な表情を保っているけれど、笑いを堪えているのね。時々、口元がぴくりと動いた。気持ちはわかるわ。彼らは話すたびに自白するんだもの。
あの事件直後、緘口令が敷かれた。もちろん間諜がいるのは承知だけれど、フォルト兄様は刺されて倒れたことになっている。情報操作により、ルヴィ兄様を賊から庇った話にすり替えたのよ。そのために関わった侍女や侍従、毒見役まで離宮に入れた。
ワインに致死量の毒なんて話、どこで仕入れてきたのかしらね。犯人しか知らない秘密を、ぺらぺら話す頭と口の軽さに感心するわ。
「お兄様のこと、そんなに気になりますの?」
これから驚く姿を想像したら、笑い出しそう。震える声を絞り出したように振る舞い、微かに小首を傾けた。




